神輿をつなぐことで、この街がこの街であり続ける|三崎稲荷神社例大祭 後編

神田の街には、ビル群の狭間や路地の一角に、数百年の歴史を刻む神社が佇む光景がよく見られます。
水道橋駅から徒歩2分。東京ドームのお膝元と言える場所に静かに鎮座する「三崎稲荷神社」もその一つ。2026年5月3、4日、地域の繁栄を祈願する「三崎稲荷神社例大祭」が開催されました。水道橋駅から神保町駅の間に広がる氏子地域(氏神が守護する地域)である9つの町会がそれぞれの半纏に身を包んで神輿を担ぎ、街中を練り歩いて活気と熱気を届けていきます。

後編では、2日間にわたって行われた「連合渡御」と「宮神輿渡御」に密着。白熱した様子をたっぷりご紹介します。

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●1日目|連合渡御


1日目は9町会の町神輿の連合宮入りをした後、すべての町神輿が集合して連合渡御へ。9基の神輿が一堂に介すとなるとそれなりの空間が必要になりますが、なんと今年の例大祭では白山通りと靖国通りを封鎖! 通りに9基の神輿が整列し、500m程の距離を担いで、神保町交差点を目指していきます。
片側三車線の大通りを9町会の神輿と半纏で埋め尽くす様子は圧巻。気迫を漂わせながら、連合渡御は行われました。

神保町交差点に到着すると、9基の神輿が順々に旋回していきます。太鼓の音頭に合わせて掛け声にも熱が入り、威勢よく旋回する様子はダイナミック。

たまたま居合わせた来街者によるギャラリーも集まり、大きな盛り上がりを見せた後は速やかに解散して道路を開放。この切り替えの速さも都心のお祭りならではかもしれません。街の人たちの熱量はそのままに、次の日に続きます。

●2日目|宮神輿渡御 出社祭・宮出し

三崎稲荷神社例大祭の2日目には、約10時間にわたる宮神輿巡幸が行われます。神田三崎町町会、神田三崎町一丁目町会、西神田町会、神保町一丁目北部町会、神西町会、西神田三丁目町会、北神町会、神保町三丁目町会、一神町会の9町会が順番に神輿を次の町会へつないでいきます。水道橋駅から神保町駅の間のエリアにひしめく町会を一歩一歩丁寧に練り歩き、繁栄を祈願する大事な一日のはじまりです。

朝8時。出社祭から一日はスタート。
境内の外からも存在を感じさせる宮神輿が、あたりの空気を厳かにします。
木遣に合わせて宮出しへ。
氏子青年会のメンバーに担がれた宮神輿が鳥居から姿を現すと、ワッ!と歓声が上がります。

●神輿巡幸 神田三崎町町会

はじめに神輿が渡ったのは、神田三崎町町会。この界隈は、江戸幕府が開かれる頃まで、日比谷入江という遠浅の海に突き出た土地の端にあったため、「ミサキ」村と呼ばれていたことに由来します。
現在は駅前という立地から飲食店が集まるエリアで、ひしめくビルを縫うように練り歩いていきます。

神田三崎町町会の半纏は、白に赤い「三崎町」の文字が華やかに映えます。
水道橋西通りに面する神酒所への差し上げも、道路を封鎖して町会全員で見守ります。
日本大学法学部のキャンパス前ももちろん巡幸。

●神輿巡幸 神田三崎町一丁目町会

約40分の巡幸を経て、神輿は神田三崎町一丁目町会へ。三崎稲荷神社が鎮座するエリアで、いわば宮元。白山通りをまたいだり、線路沿いを巡幸したりと、この地形ならではのルートを進みます。

半纏には「宮元」と大きく描かれた文字が。
奥に見える観覧車は東京ドームシティ。
神輿と観覧車がセットで見られるのもこの地域ならでは。
日本大学経済学部のキャンパスを通り…
線路沿いも巡幸し、行き交う電車を横目にじっくり歩を重ねていきます。

●神輿巡幸 西神田町会

続いて神輿をつなぐのは、江戸時代は武家屋敷が立ち並ぶ地域だったという西神田町会。深緑の渋い半纏が一層神輿の輝きを増して見せます。

有形文化財に登録されているカトリック神田教会の前を、神輿が通るというなんとも不思議な場面も。
宮神輿は持ち上げると3mほどの高さになり、差し上げるとさらに圧巻!

●神輿巡幸 神保町一丁目北部町会

西神田町会のエリアから下へ、靖国通りまで広がるのは神保町一丁目北部町会。老舗洋食屋「ランチョン」が位置し、神保町駅から地上に出た時に多くの人が目にするお馴染みのエリアです。

1日目は白山通りを完全封鎖したけれど、2日目は一車線のみを封鎖。
安全に配慮しながら、しっかり掛け声を届けていきます。
路地を抜けると神保町の本屋街へ。通りがかりの人も大勢見守ります。

●神輿巡幸 神西町会

神西町会はかつて中猿楽町と呼ばれ、猿楽(のちの能楽)の一座があったことに由来します。神保町駅から水道橋方面に続く白山通り沿いには、さまざまなお店が立ち並び多くの人で賑わいます。この日も多くの注目を集めながら、神輿が街を巡りました。

神輿を担ぐにはまだ小さなお子さんも、掛け声で参加!
細い路地を器用に進んでいくのも、腕の見せどころ。

●神輿巡幸 西神田三丁目町会

西神田三丁目町会は、その名の通り神田界隈の中でも西側に位置するエリア。首都高を境にしていることもあり、高架下沿いを巡幸する様子はなかなか稀有な光景。ビルの集積を抜けて、掛け声が響き渡りました。

タワーマンションのエントランスにも神輿を差し上げ!
長く伸びる首都高沿いも丁寧に巡幸していきます。

●神輿巡幸 北神町会

北神町会は、かつて学校や病院が建ち、教育と医療の街として発展してきました。小さなエリアですが、町会の方々の熱量は高く、赤い鉢巻と「北神」の文字が地域を埋め尽くすとなんとも鮮やか。

オフィスビルの路地を小回りをきかせながら進んでいきます。
鼻筋に引かれた白い線は、ただの人間が神聖な祭りの参加者へと生まれ変わることを示しているのだそう。

●神輿巡幸 神保町三丁目町会

神保町三丁目町会は、靖国通りを跨いで、専修大学神田キャンパスやさくら通りにまで広がります。学生や観光客の注目を浴びながら、神輿が巡幸していきました。

大学のキャンパスから興味津々に見守る学生たちも。
神保町あたりは海外の観光客も多く、興奮した様子でシャッターを切りまくります。

●神輿巡幸 一神町会

一神町会は、神保町駅から共立女子大学や如水会館へ広がるエリア。宮神輿巡幸では旧岩波ホールや矢口書店などを巡って大いに盛り上げ、宮入り渡御へとつなぎました。

交差点を一部封鎖し、行き交う車の横を煌びやかな神輿がゆっくり進んでいきます。
クライマックスに近づき、掛け声も気合いが入る…!

●宮入り渡御

9町会が集合し、いよいよ宮入り渡御へ。宮入り渡御のルートは三つの区間に分けられ、3町会ごとに協力して神輿を担いでいきます。

宮入り渡御のトップバッターは氏子青年会。熱い想いや感情が伝わり、士気が高まります。
続く担ぎ手は、3つ町会ごとに。色とりどりの半纏が宮神輿に集まり、街が鮮やかに映えます。
三崎稲荷神社が近づくごとに、掛け声が大きく神輿も大きな揺れに…!
フィナーレを見守る観衆もたくさん。
最後を担ぐのも、氏子青年会の務め。ついに宮入りです!
先ほどまでの熱気とは一変して帰社祭は厳かに行われ、
長い2日間が締めくくられました。

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街がその街らしくあるために、地域の人が想いを巡らし、受け継いでいく。
いかなる地域にも共通する営みかもしれませんが、街も暮らしのあり方も変わりゆくなか、それを維持する難しさも増しているように思います。

それでも三崎稲荷神社の例大祭には、「伝統」という言葉で終わらせずに、街にとっての意義を考え続けながら受け継ごうとする、真摯な姿勢がありました。
神輿を担いで巡行することは、祭礼における一つの形式にすぎません。しかし、どこで、誰と、どのように担ぐかで、生まれる景色は全く異なります。それは地域が違えば景色も違う、という単純な話ではなく、半纏の着こなしや声の掛け方ひとつにも、その街らしさが滲み出ていくということです。

街の姿は、これからも時代とともに移り変わっていくでしょう。それでも本当の街らしさは、人々の営みの積み重ねによってつくられていく。三崎稲荷神社の例大祭は、そのことを深く感じさせてくれました。

Text/Edit: Akane Hayashi
Photo: Yuka Ikenoya(YUKAI), Akiko Sugiyama

神輿をつなぐことで、この街がこの街であり続ける| 三崎稲荷神社例大祭 前編

神田の街には、ビル群の狭間や路地の一角に、数百年の歴史を刻む神社が佇む光景がよく見られます。
水道橋駅から徒歩2分。東京ドームのお膝元に静かに鎮座する「三崎稲荷神社」もその一つ。創建は鎌倉時代にさかのぼるとも伝えられ、江戸時代には参勤交代の旅人たちが旅の安全を祈願する神社として親しまれてきました。かつては南極観測へ向かう船員たちも、この社に祈りを捧げて出発したことで知られています。

そんな三崎稲荷神社では2年に一度、地域の繁栄を祈願する「三崎稲荷神社例大祭」が5月に開催されます。水道橋駅から神保町駅の間に広がる氏子地域(氏神が守護する地域)である9つの町会がそれぞれの半纏に身を包んで神輿を担ぎ、街中を練り歩いて活気と熱気を届けていきます。

これまでオープンカンダでは神田祭や太田姫稲荷神社例大祭など、神田エリアでのお祭りを紹介してきましたが、それらとはまた異なる風景を生み出す、三崎稲荷神社例大祭。
街の移り変わりを受け止めながら、伝統を守り続けることは、この街にとってどんな意味があるのか。
誇りと使命を背負いながら生み出される、唯一無二の風景がそこにありました。

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三崎稲荷神社例大祭がこれまで受け継がれてきた背景には、氏子である9つの町会からなる三崎神社氏子青年会と、祭礼を司る三崎稲荷神社の両者による支えがあります。今回、同会で副総務を務める高橋迪悠さんのご紹介で、会長の高橋信弘さんと、三崎稲荷神社宮司の山﨑充彦さんへの取材が実現しました。

インタビュー 其の一
三崎稲荷神社例大祭の担い手・氏子青年会

三崎稲荷神社例大祭を長年支えてきた三崎神社氏子青年会。高層ビルが並ぶ都会的な地域でありながら、各町会には昔ながらのつながりと、祭礼を大切に受け継ぐ文化が今も色濃く残っている側面もあると言います。
まずは、例大祭の準備・運営に携わる同会会長の高橋信弘さんと副総務の高橋迪悠さんに、この祭りが持つ意味や街とのつながりについて伺いました。

会長の高橋信弘さん(右)と副総務の高橋迪悠さん(左)

●9町会で担ぎ上げる、2日間の大祭

——三崎稲荷神社自体は決して大きな神社ではありませんが、例大祭は地域に広く展開され、活気に溢れる印象があります。改めて、例大祭の特徴を教えてください。

高橋信 三崎稲荷神社の例大祭は、氏子である9つの町会が集まって行われます。氏子は、神田三崎町町会、神田三崎町一丁目町会、西神田町会、神西町会、北神町会、西神田三丁目町会、神保町一丁目北部町会、神保町三丁目町会、一神町会の9町会。水道橋駅から神保町駅に広がるエリアに属しています。

高橋迪 エリア全体を歩いても20分程度の距離なので、氏子九ヶ町が一体となって進めている点が三崎稲荷の特徴です。町会同士の距離が近く、地域のつながりも深いため、綿密な連携が取れていると思います。

——当日はどういった動きになるのでしょうか。

高橋信 例大祭は「連合宮入り・連合渡御」と「宮神輿渡御」の2日に分けて行います。
1日目は、9町会それぞれの町神輿が集まり、順次宮入りを目指す「連合宮入り」ののち、9基の神輿が連なって渡御をする「連合渡御」を行います。今年は白山通りと靖国通りを封鎖して、9基の神輿が並んで神保町交差点に向かうという初めての試みです。
2日目は「宮神輿」、つまり三崎稲荷神社の神輿を、各町会が順々に受け取って自分たちの町内を担ぎ、9町会が力を合わせて宮入りを目指します。

高橋迪 1日目は9基の町神輿が一堂に会す光景が圧巻ですし、2日目は9町会でともに宮神輿の宮入りを目指す時間もとても白熱した場になります。運営側としては終日気が抜けませんが、2日間通して見所がありますね。

●例大祭を支える、氏子青年会の使命

——氏子青年会は、どういった組織なのでしょうか。

高橋信 三崎神社氏子青年会は、三崎稲荷神社および氏子九ヶ町の有志によって結成され、まもなく45周年を迎えます。三崎稲荷神社の祭礼をはじめとする諸行事の伝統を受け継ぐとともに、氏子九ヶ町のつながりを深め、地域の活性化に寄与する役割の一端を担いながら、活動を重ねて来ました。その中でも、例大祭は最も大きく、中心となる行事です。

高橋迪 現在は氏子九ヶ町全体で約110名の会員がおり、例大祭を含むさまざまな行事の準備や運営は、執行部の皆様を中心に20〜30名ほどの会員が携わっています。例大祭においては、執行部の皆様は開催の1年以上前から会合を重ね、意見を出し合いながら検討をしていると伺っています。

——伝統的なお祭りとしてある程度形式が決まっている印象がありましたが、どういったことを検討されているのでしょうか。

高橋信 街の変化やこれまでの課題を踏まえて、開催方法を検討しています。特に宮入りは試行錯誤を重ねており、以前は「半纏を着ていれば誰でも担げる」という方針にしていましたが、地域外の担ぎ手も大勢入ってくるので、激しい状況になることが多くありました。

高橋迪 宮入りはいわば例大祭のフィナーレですので、担ぎ手の熱気も最高潮に達します。以前は、神輿に肩を入れたい人が一斉に集まり、担ぎ手同士の接触が多くなる場面もありました。それも例大祭ならではの熱気ではありましたが、地域の方が参加しにくくなる状況もあったため、現在は町会ごとに担ぐ区間を設け、より多くの方が参加できる形に少しずつ変わってきています。

高橋信 おかげで、年齢や性別を問わず、より安心して参加しやすくなったという声をいただいています。本当の意味での「地域のお祭り」に近づいてきたと感じますね。

——それによって、若い方や新しく移り住んできた方々にも開かれていくことにもつながりますね。

高橋信 そうなることを願っています。ただ現状は、マンションに単身で住んでいる方などにとっては「どうすれば参加できるか」「そもそも自分が参加していいのか」とわからない部分もまだあります。より気軽に参加できる仕組みを考え、地域に開かれたお祭りにしていきたいですね。

高橋迪 一方で、単に参加の間口を広げるだけでなく、長く地域に関わってきた方々の誇りや想い、祭礼が受け継いできた背景も丁寧に共有していくことが大切だと思っています。お互いを知り、理解を深めながら関わりを広げていくことが、街やお祭りの継続につながるのではないでしょうか。

——多くの方々が関わり、それぞれの立場や考えを調整しながら進めるなかで、氏子青年会として大切にしていることは何でしょうか。

高橋信 受け継いできたことをしっかり後世にもつなげなければならない、という想いは常に持っています。時代の変化に対応しながらも軸となる部分が揺るがないよう、お祭りのあり方を検討する。その姿勢を何より大切にしています。

高橋迪 先人たちがこの街のために尽力してきたことのおかげで、現在の安心・安全に暮らせる街があると思うので、自分たちの代も継承しなければならないと強く感じます。「伝統だから」という理由だけでなく、なぜこうした行事が街にとって大切なのかを論理的に言語化し、意義も伝え残していくことで、本質的な部分を大切にしたいですね。

——こうした無形のものを受け継いでいくことは、特に難しいところがあると思います。

高橋迪 この街では、言葉で説明するというよりも、先人の姿や行動を見ながら受け継いできた部分が多くあるため、次の世代へ背景や意義まで伝えていくことには難しさを感じることもあります。今後は写真や映像をアーカイブし、形として残していくことも必要だと思っています。
とは言え、すべてデジタル化すれば解決するわけではなく、バランスが大事。人がいるからこそ、その街らしさが生まれると思います。「あの人がいるから、この街らしさが感じられる」ということも、その街ならではの魅力であり色気です。人の存在や関係性も街を形づくる大切な要素として捉え、大事にするという姿勢が重要なのではないでしょうか。

——例大祭には体験するからこそ湧き上がる熱量や感情があると思います。そうした祭りのなかで、印象に残っている瞬間はどういったものでしょうか。

高橋迪 過去の例大祭で、この地域で長くお店を営んでこられたご夫婦が、その年を最後にお店を離れることになったことがありました。そこで、巡幸路にそのお店の前を組み込み、街の皆さんが声をかけながら神輿を渡御したところ、ご夫婦が頭を深々と下げて泣いていらっしゃったんですよね。その涙が何を意味していたのか、今でも考えることがあります。
お身体が悪くても周りに支えられながら神輿に肩を入れる高齢の方や、亡くなった両親の写真と一緒に見守るご家族を目にすることが毎年あり、そういった光景に、街の人が祭りに情熱をかける理由がある気がしていて。自分たちが祭りを絶やさずに続ける意義もそこにあると感じています。

●この街にとっての例大祭とは

——外から見るととても都会的なエリアですが、とても土着的なお祭りなんですね。

高橋迪 外の地域から見るとオフィス街の印象が強く、「住んでる人っているの?」と聞かれることもありますが、昔ながらの地域のつながりが今も色濃く残っている街なんです。

高橋信 田舎の共同生活と同じように、地域の人たちで力を合わせて取り組んでいるんです。例大祭は、街の歴史や街の人のことを深く知るきっかけにもなりますし、自分にとってもこの街の誇りとして身に染み付いてきた感覚があります。

——地域の方にとって、例大祭はどういった存在でしょうか。

高橋信 街の皆さん無償で何ヶ月もかけて準備をするので本当に苦労が絶えませんが、やらないという選択肢はあり得ない。この街がこの街であるための、街の一員としての「使命」の一つだと思います。

高橋迪 例大祭は神社の大切な祭礼であると同時に、地域にとっては故郷や人とのつながりを改めて感じる場でもあります。子どもの頃から参加してきた立場からすると、例大祭の光景を目にするたびに、この街にいる人たちとこの街で生きていくことを大切にしたいと思いますし、この街がいい街であってほしいと願わざるを得ないんです。
そうした気持ちを共有する場としてお祭りの存在があると感じますね。

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インタビュー 其の二
三崎稲荷神社・宮司の立場から

三崎稲荷神社の例大祭は、街の方々の尽力が要となりますが、その主体となるのはもちろん神社です。これまで街を見守ってきた立場として、さまざまな想いを汲み取り、今後の繁栄のために向かうべき方向を指し示す存在でもあります。
続くインタビューでは、三崎稲荷神社の宮司の山﨑充彦さんに、氏子青年会会長の高橋信弘さんとともにお話を伺いました。

●公平な立場から、祭りの価値を考える

——神社と氏子青年会の関係は、どのように機能しているのでしょうか。

山﨑 三崎稲荷神社としての例大祭となりますので、最終的な判断は神社側が行うことになります。ただし、主役は地域の方々だと考えているので、我々の立ち位置はあくまでも全体の確認役に近い立場です。
企画は氏子青年会の皆さんが中心となって考え、街の方々がやりたいことが実現できるよう、企画の意図を理解しながら、問題があれば折り合いがつく形に調整していく。街の方々とともに実現に向かっていくことで、本当の意味での「地域の行事」になっていくんです。

高橋 氏子青年会としては「地域の方々にとって楽しい形」をまず第一に考えて企画を練り、全体を俯瞰した宮司の立場から意見をいただくことで、よりよい形に企画を固めていく流れになっているんです。

——神社という立場として意識されていることは何でしょうか。

山﨑 平等であり、公平でいることを意識しています。例大祭にはさまざまな人が関わり、地域外に出てしまったけれど例大祭の日だけ参加するという方もいます。地域に長く関わる人も久しぶりに帰ってきた人も、一緒に集まり触れ合える場所があることがお祭りの価値であり、神社はそのつながりを支え、次の世代へと受け継いでいく役割を担っていると思っています。
また、地域からの企画に対して公平な視点で見ることも神社の役割です。今地域にいる人だけでなく、かつて住んでいた人も参加することを考え、俯瞰的に不足や不自由な部分を埋めていくことを意識しています。

高橋 本当にこちらが気付かないところまで見てくださっていて、日頃から多様な方を迎えている神社だからこそ培われている視点だと思います。

——宮司という立場として、例大祭という存在をどのように捉えていらっしゃいますか。

山﨑 お宮参りや七五三などのように、人生の節目に訪れる「ハレの場」に近いイメージを持っています。地域の方々全員が信仰心を深く持ち、毎日お祈りしているわけではないので、宗教的な行事というよりも、地域の人たちがつながる「きっかけ」の一つと捉える方が相応しいと個人的には思うんです。それがたまたま、神輿を担ぐ形をとっているだけと言いますか。
そういった意味で、例大祭は神社のものというよりは、地域の皆さんが一体となるきっかけとしてうまく活用いただき、大変でも終わった後に思い出になるようなものであるべきだと思っています。

高橋 実は私はこの地域に移り住んできた身ですが、町会に入ることでそれなりに地域の人たちの顔を知ることはできても、それ以上の関係性を広げることがなかなかできませんでした。
ところが氏子青年会に入り、例大祭に携わるようになったことで各町会の方と深く接する機会が増えていったんです。地域全体で共有できる思い出を持てたことで、街の一員として馴染んできたと身をもって感じます。

●祭りが存在していることの意義

——地域の繁栄を祈祷する場であり、実際に地域の連帯を強める場だからこそ、例大祭がこれまで大事にされ、受け継がれているように感じます。

山﨑 例大祭は、公共空間を使って大勢の人が集まる場をつくるだけあって本当に準備が膨大で、各町会や神社間のやりとりだけでなく、千代田区や警察との綿密な調整も不可欠です。それらもすべて地域の方々の尽力によって成り立っているわけですが、時間やお金をかけてまでも実施したいというところには、それだけの想いがあるということですよね。

高橋 当日まで問題が起きないか不安ばかりで苦労が絶えませんが、それを上回る熱量や感動を味わえることに尽きると思いますね。

——そうした苦労がありながらも、今後も受け継いでいくためにはどういったことが重要でしょうか。

山﨑 こうしたお祭りは、かつては親子三代で楽しむもので、おじいさんおばあさんがお孫さんを連れていき、お祭りの意味を語り伝えていたんです。今は核家族化が進み、歴史や意義が伝わりづらくなっています。ただ、伝える人がいなくても、続けてさえいれば興味を持った人が必ず知ろうとする。つまり、続けることが、伝えることになるんです。どんな行事も途絶えてしまえば伝達されることはなくなってしまいますから、存在し続けているということがとても重要だと思います。

高橋 コロナによって開催を見送り、4年もの期間が空いた際には大きな喪失感がありましたね。

山﨑 4年も空くと、地域を離れたり亡くなってしまう人もいるかもしれません。10年も空けば、どのようにして例大祭を行なっていたのか記憶が曖昧になり、熱量も途絶えかねません。形のないものだからこそ、人を通してつないでいくことが欠かせないのではないでしょうか。

高橋 地域の拠り所である神社から発祥したお祭りである、という歴史もしっかり受け継いでいくべきだと思います。この地域を見守ってきた存在であることが、地域の人たちの揺るぎない拠り所になっていることは間違いありませんし、その価値を年々感じていますね。

後編に続く

Text/Edit: Akane Hayashi
Photo: Yuka Ikenoya(YUKAI), Akiko Sugiyama

ジャズの音色に誘われて、人とまちがひらかれていく|
神田淡路町「JAZZ AUDITORIA」レポート

神田淡路町で毎年4月に開催される「JAZZ AUDITORIA」。南青山のジャズ・クラブ「ブルーノート東京」による選りすぐりのジャズミュージシャンたちの演奏を、誰でも無料で楽しむことができる贅沢な3日間です。
生演奏を聴く機会はそうなくても、喫茶店や映像のBGMなど日常で耳にする場面が意外と多いジャズ。幅広い層にとって、耳馴染みのあるジャンルとも言えるかもしれません。
そんなジャズを堪能できるJAZZ AUDITORIAは、なぜ神田淡路町で誕生し、どういった場を生み出しているのでしょうか? インタビューと現地レポートを通して、背景やジャズの魅力、この場ならでは楽しみ方についてたっぷり迫ります。

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●企画メンバーから見る「JAZZ AUDITORIA」

JAZZ AUDITORIAは、ジャズに特化しただけでなく、いわゆる野外音楽イベントとは違った特徴が会場にあります。会場となるのは、オフィス・住宅・商業施設・コミュニティ施設・広場・学生マンションなどを備えた、神田淡路町にある複合施設「ワテラス」。ビルに囲まれた一角がジャズで満たされるその光景は、全国的に見ても稀有なものです。
珍しくもありながら、ジャズファンから地域の方まで親しまれるこのイベントは、どのように紡がれてきたのでしょうか。実行委員のメンバーである、株式会社ブルーノート・ジャパンの人見良一さんと安田不動産株式会社の内海涼帆さんにお話を伺いました。

——東京都心での野外音楽イベント、それもジャズ限定というのは非常に珍しいと思いますが、どういった背景で始まったのでしょうか?

人見 JAZZ AUDITORIAは、ユネスコとユネスコ親善大使を務めるピアニストのハービー・ハンコックが2011年に提唱した『インターナショナル・ジャズ・デイ』に賛同するかたちで2013年に立ち上がりました。
インターナショナル・ジャズ・デイとは毎年4月30日に行われるジャズを祝う国際デーで、ジャズを通じて世界の多様な文化への理解を深めながら、十分な教育環境にない地域の少年少女たちにジャズを届けることを目的に、世界各国でさまざまなイベントが開催されます。 JAZZ AUDITORIAも日本における取り組みとして4月30日に合わせた時期に開催を続けており、今年で14回目を迎えます。

——初回からこれまでワテラスを会場とされていますね。なぜこの場所での開催に至ったのでしょうか。

内海 背景としては、ワテラスという施設自体の立ち上げに遡ります。安田不動産はワテラスの開発・運営を行っていますが、神田淡路町の再開発事業として、ただ建てて終わりではなく、建物を活かしたづくりをどう実現するかを検討していました。神田淡路町の周辺は、喫茶店や楽器店街が古くから根付くエリアです。そこに「ジャズ」をまちの象徴として打ち出すことで、コミュニティが広がり、文化が育まれていく。そんなまちづくりを目指したいという思いがありました。

——ジャズには即興性や演者と観客の距離の近さといった特徴があり、コミュニティや交流を生むことと親和性が高そうですね。

内海 そうなんです。そこでまずは、ワテラスに音楽やジャズの拠点をつくりたいと考え、ブルーノートさんにカフェダイニング『Cafe, Dining & Bar 104.5』をご出店いただいたことがご縁の始まりです。さらにワテラス開業の際には、こけら落としとなるイベントの企画もご相談し、JAZZ AUDITORIAへと繋がっていきました。ワテラスに関わる様々な方や地域の方とともにまちをつくっていきたいという思いも重なり、このまちの風物詩となるように開催を続けています。

●街中で、いい音楽に身を委ねる心地よさを

——街中でのジャズイベントを開くことにはさまざまな困難や挑戦があったと思います。どのような場を目指されたのでしょうか。

内海 ジャズはなかなか入り込みづらいジャンルというイメージがあるため、そこを変えていきたいという話を最初からしていました。ワテラスの広場というオープンスペースを活かし、普段ジャズに馴染みのないお子さんから高齢の方まで、気軽にジャズに触れてもらえる場になるようにずっと意識しています。これまでの積み重ねの中で、着実に体現できているように思いますね。

人見 街中でBGMとしてジャズを耳にすることはあっても、プロのアーティストによるライブを体験する機会はなかなかありません。ただ、いい音楽に触れると自然と体が動いて、とても心地良いんですよね。それがライブの醍醐味であり、ジャズの魅力を体感できる瞬間だと思うんです。街中であってもそうした心地良さを存分に味わってもらえるよう、音楽に身を任せて楽しめる開放的な場を目指しています。

——ワテラスの屋外広場が会場ですが、ライブハウスやコンサートホールとの違いや工夫している点はありますか?

内海 屋外でかなりの音量で演奏をするため、近隣の皆様からご理解を得られるよう、毎年丁寧にご説明を重ねてきました。その結果もあり、10数年を経てこの取り組みが地域に根付いてきたと感じています。そうした屋外ならではの難しさがある一方で、屋外開催だからこそまちの皆さんに届けることができたと思いますね。
もう一つ、「無料で鑑賞できる」という点も、開放的に楽しんでいただくために初回から変えずに大切にしていることです。ただ、会場は一施設の広場スペースなので、他の音楽フェスと比べると圧倒的に狭いんです。その中で、音の伝わり方や導線を考えることは悩ましくもあり、やりがいでもありますね。

人見 空間全体を見渡せる規模だからこそ、どこにいても音楽を楽しめる環境づくりを細かく検証しています。当初は事前受付もなく、初回は来場者数の予測が全く立てられませんでしたが、改善を重ねていまでは安心して楽しめるイベントになりました。広場に寝転がりながらでも、子どもと遊びながらでも楽しめると思います。

内海 このイベントは規模よりも体験の質を優先しています。来てくださった方がいい環境でいい音楽に触れられる場となるよう、空間のつくり方や人の密度のバランスを常に探り続けていますね。

●ジャズイベントだからこそできること

——開かれたジャズイベントとして着実に根付いているJAZZ AUDITORIAのブレない軸はどこにあるのでしょうか。

内海 変わらないのは、ジャズイベントとしてのクオリティへのこだわりです。ブルーノートさんに総合監修いただいているので、出演アーティストのアサインから音の届け方まで一切妥協していません。それは初回から自信を持って言えることですね。

人見 アーティストに関しては、これから成長していくアーティストはぜひ多くの方に見ていただきたいですし、これまでにない組み合わせや大御所への声がけも大切にし、コアなファンから初めて聴く方まで楽しめるラインナップを意識しています。

内海 出演アーティストの方からも、オープンな場でのジャズイベントは新鮮だと好評で、お互いにとっていい場がつくれているように感じますね。

人見 もう一つの軸として、インターナショナル・ジャズ・デイの精神に立ち返り、ジャズがもたらす空間を通じて音楽や文化、人との交流がこの場から生まれることを意識しています。
開催当初はお子さんが少なかったのですが、キッズスペースを設けてから親子連れが増えました。一方で、ジャズファンの方も初回から毎年多く来てくださっていて、コアな方にも評価いただいています。ジャズを中心に添えながら、幅広い方々が緩やかに同じ時間を共有できる場になっていると思います。

——音楽イベントの中でも、“ジャズイベント”だからこそつくれている風景や体験がありそうですね。

内海 ライブハウスやコンサートホールではない開かれた場所だからこそ、生まれる一体感があると思います。落ち着いた雰囲気の中で心地よく過ごせるのも、ジャズならではの空気感ですね。

人見 ジャズには同じ演奏というものが基本的にありません。五線譜通りではなく、会場の雰囲気やバンドの熱量によって演奏が変わってくる。その瞬間を肌で感じてもらうこと自体が、ジャズイベントらしい体験だと思いますね。

●神田淡路町の象徴としてのジャズ

——どこからでも自由に楽しめるとのことですが、お二人のおすすめの楽しみ方はありますか?

内海 個人的には3日間通しで来ていただきたいですね。アーティストによって音の鳴り方も盛り上がり方も全然違いますし、何より無料ですからぜひ最大限に楽しんでほしいと思います。
飲食ブースやキッズスペース、大学や町会と連携したブースもあるので、食べながら、誰かとお喋りしながら楽しめるというのもここならではの醍醐味です。

人見 何も考えずに好きな時間にふらっと来て、音楽に身を委ねるのもおすすめです。いい音楽に触れて思わず立ち上がって拍手したり、体が揺れたり、自然に出た反応に身を委ねてみてほしいですね。周りも自由に楽しんでいる人ばかりですから。

——最後に、ブルーノートさん、安田不動産さんそれぞれにとってJAZZ AUDITORIAはどういった存在でしょうか。

人見 ジャズを通じて人々が集い、心から楽しめる時間を提供する存在だと思っています。ジャズは自由で、子どもから大人まで楽しめる音楽です。 敷居が高いと言われることもありますが、そんなことは気にせず、ジャズを全身で浴びながら休日のひとときを楽しんでいただきたいですね。

内海 一言で言えば「象徴」です。地名や会社名を聞いた時に「JAZZ AUDITORIAをやっているところだよね」と思ってもらえる、安田不動産にとっても神田淡路町やワテラスにとっても、唯一無二のシンボルだと思います。今後は興味を持っていただける方をさらに増やしながら、より磨きをかけ、このイベントに関わる全員が心からいいなと思えるイベントに育てていきたいですね。

ジャズの魅力を活かし、まちに開かれた場をつくっていく。
まちにはさまざまな思いや要素があり、予測できないこと・コントロールできないことも多くあります。それでも親しまれるイベントを14年にわたって築き上げてきた背景には、ジャズと地域に向き合ってきたそれぞれがチームを組むからこそ、成し得ていることだと感じました。

●良質なジャズを存分に浴びる。JAZZ AUDITORIA現地レポート

迎えたイベント当日、3日間天気に恵まれ、8組のアーティストがステージを披露しました。ここではフィナーレとなる最終日の様子をレポートします。

会場となるワテラスタワー前の広場には、ステージ正面に向かって座席が並びつつ、芝生エリアや2階のアトリウムにも来場者が集まります。
心地よい陽気のもと、レジャーシートを敷いて寝転んだり、ビールを片手にしたりと、各々のスタイルでステージを堪能していました。

この日は、加藤真亜沙トリオ、SENZOKU NEXUS JAZZ COLLECTIVE Produced by 原朋直、ブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラ directed by エリック・ミヤシロの3組が出演。開放的な空間をそれぞれの演奏が包み込んでいきます。

トップバッターは加藤真亜沙トリオ。
NYを拠点に活躍するピアニスト/作編曲家・加藤真亜沙がこの日のために来日し、
気鋭プレイヤーたちとのトリオで奏でる音楽は、時に軽快に、時に穏やかに、
春の陽気に寄り添います。
2組目は、海外のトップ・アーティストとも共演を重ねてきた
ジャズ・トランペッター原朋直がプロデュースする、SENZOKU NEXUS JAZZ COLLECTIVE。
高らかなトランペットの音色が広場に響き渡り、ムードが一変。
カルテットが呼応して繰り広げられる演奏に委ねられ、
観客も自然と体を揺らし、音楽が広場に染み込んでいくかのよう。

盛り上がるステージの傍では、キッズスペースや飲食ブースも豊富に並び、幕間に遊んだり腹ごしらえをしたりと、広場でのひとときをより楽しませてくれます。

さまざまな素材や遊び道具を乗せて道や広場に現れる移動式あそび場。
ジャズの演奏とともに、昔ながらの遊びを子どもも大人も楽しめるのは、ここならではの時間です。
ワテラス内の学生マンション・ワテラススチューデントハウスに
住む学生が企画したブースや地元町会によるブースも出店。
道路を使って絵を描いたりラジコンを走らせたりと、
のびのびとした空間に子どもたちは夢中になっていました。
さらには、ワテラスのテナントや地域のお店の飲食ブースもずらり。
ワンハンドで食べやすいフードやアルコールの種類も豊富で、
ステージや気分に合わせて選べる楽しさがあります。

昼下がりから始まったステージも、夕暮れとともに最後の一組へ。フィナーレを見届けようと観客もぐっと増え、あらゆる角度からステージを見守ります。

大トリを飾るのは、国内屈指のプレイヤーが集結した
ブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラdirected by エリック・ミヤシロ。
世界的トランペッターが率いるスター集団です。
オーケストラ編成による華やかな音色は、
あたりが暗くなっていくことと相まって、求心力を増していきます。
フュージョンの名曲『宝島』や『Some Skunk Funk』などが披露され、会場の熱気も上昇。
心地よい夜風に吹かれながら、屈指の演奏を堪能する贅沢なひと時となりました。

3日間のステージを大盛況で終えた後も、JAZZ AUDITORIAを締めくくる夜は続きます。
会場をワテラスの広場からCafe, Dining & Bar 104.5へと移し、スペシャル・アフター・パーティ「After-Hours Session」へ。

セッションにはプロ・アマ・学生・職業問わず誰でも参加可能。
世代も楽器も多様なセッションが次々と繰り広げられ、ジャズの魅力を味わう夜になりました。

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トップクラスのジャズを、街中でたまたま集まった人たちとともに楽しむ。とても贅沢でありながら、まちとジャズの寛容さも同時に感じられるひとときでした。

同じ演奏がないジャズだからこそ、その場の空気や観客に合わせて繰り広げられる演奏が、一人ひとりの思い出深い体験になっていく。コアファンも初心者も、子どもも大人も、分け隔てなく受け入れるその懐の深さは、14年という時間をかけて地域に根付いてきたからこそのものでしょう。

次の春の訪れに、JAZZ AUDITORIAだけの贅沢で心地よいひとときを、ぜひ体感してみてください。
https://jazzauditoria.com/

Text/Edit: Akane Hayashi
Photo(Artist): Tsuneo Koga
Photo(Interview, Event): Yuka Ikenoya(YUKAI)

不安や困りごととの関わり合いをつくる、表現や場の力|こんなだった、なんだかんだ12 #2

2025年11月に12回目の開催を終えた「なんだかんだ」。多くの出会いが生まれた時間となりましたが、それは画期的で魅力的なアイデアに取り組まれる演者のみなさんの存在があってこそ。気づくことや学ぶことが多く、そうしたアイデアはいかにして生まれ、育まれていったのか——その背景に、何か大きなヒントがあるような気がします。
そこで、なんだかんだクリエイティブディレクターの池田さんとともに、今回初めて参加いただいた就労継続支援B型BaseCampさんを訪問。日頃の活動の場を体験させていただくとともに、これまでの歩みについてお話を伺いました。

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●BaseCampの活動の場へ

BaseCampの拠点は、東京メトロ千川駅から徒歩一分。インターホンを鳴らすと、メンバーのみなさんが総出で「こんにちは〜!」「どうぞ〜」と迎えてくれました。久しぶりに親戚の集まりに参加したような歓迎ぶりで、嬉しい気持ちになります。

中に入ると、まずは円になって自己紹介へ。今日の調子や最近嬉しかったことなどを共有していきます。場がほぐれてきた頃、「次は一緒に踊りましょう!」と声がかかり、一人の男性メンバーが前に出て「僕の動きを見て真似してください」とリード。戸惑う間もなくダンスがスタートし、みなさんのキレのある踊りに誘われるように身体を動かすうちに、自然と心もほぐれていきました。

すっかりBaseCampの空気に馴染んだところで、取り組みを紹介いただきました。メンバーの経験や困りごとを演劇やラップにする取り組みや、長期入院している方への退院支援、出張イベントやグッズ展開など、幅広く接点を持てるような活動を積極的に行っています。

紹介の最後には、「せっかくなので」とラップを披露いただきました。スピーカーからビートが大音量で流れ、メンバーの方々が身体を揺らします。詞は、メンバーの苦労や経験をもとに、BaseCampにたどり着くまでのことが綴られており、そこには明確な答えがあるわけではありません。けれど、ダイレクトな言葉が心地よいリズムとともに飛び込んできて、見ている側の心にじんわりと刻まれていくのでした。

これらのおもてなしを受けて、池田さんはこう振り返ります。

・・・

BaseCampさんを初めて訪ねて、おもてなしとして披露してくださったプログラムの中で、特に僕が注目したのは「ラップ」でした。メンバーの方々が、自らの不安や切実な悩みをビートに乗せてラップし、仲間たちも「よ~♪よ~♪」と盛り上げる。その内容はあまりにもリアルで、少し戸惑いながらも、陽気に歌うメンバーの姿を焼き付けるように見ました。

しばらく考えていると、これは落語に通じるものがあると気がつきました。立川談春さんの著書『赤めだか』の中で、師匠・立川談志が「落語っていうのは、業の肯定なんだよ!」と語る一節があります。つまり落語とは、何かから逃げ出したり失敗してきた人間の物語であり、それをそのまま肯定するものなんだ、と。
BaseCampさんのラップも、自分の欠点や悩みを他者と共有することで「ま、いっか!」と心を軽くさせてくれる、やさしい時間でした。
「これはすごいなぁ~!大発見だよ」と興奮しつつ、いろんな問いを残してくれる、すばらしい体験でした。

・・・

この画期的な取り組みは、どのようにして生まれ、BaseCampの日々を支えているのでしょうか。スタッフである中島裕子さんと木村純一さんにお話を伺いました。

●誰かの「困りごと」を、表現を通じて分かち合う

木村純一さん(左)と中島裕子さん(右)

池田 たっぷりおもてなしいただき、ありがとうございます。本当に感動しました。

中島 いえいえ、お越しいただきありがとうございます。

池田 何年も前からBaseCampさんの活動を拝見していますが、いつも「なんでこんなにシュールで知的なユーモアのある形にできるんだろう」と驚かされます。メンバーが抱える重たいテーマをラップや即興劇にして、安易な答えは出さず「問い」だけ投げかけることで、観客との関わり合いが生まれているような気がします。
そもそも、なぜ演劇をやろうと思ったんですか?

中島 最初から演劇をやろうと狙っていたわけではないんです。元々は、一人ひとりの困りごとをみんなで聞く場を大切にしていました。でも、言葉だけのやり取りだと、途中で話を遮られたり一方的にアドバイスされてしまったりと、難しさを感じることも多くて。そんな時にふと、「その話をみんなで演じてみたらいいんじゃない?」と思いついたんです。

池田 さらっとお話しされてますけど、そこから演劇にしようなんて発想にはなかなかなりませんからね(笑)

中島 (笑) ただ、私も含め誰も演劇経験がなかったので、最初は「演じる」というよりは、シチュエーションを真似してみる程度の感覚でしたね。

池田 「話を聞く」だけでは寄り添いきれなかったことが、「演じる」ことでお互いを理解し合えるようになったんですか?

中島 いやあ…実際はそうでもなくて(笑) 演劇は「退屈せずに話に関わるためのアプローチ」でもあるんです。そのため極端に言えば、話の内容をよく理解できていなくても、一緒に演劇をして楽しめるだけでもとても意味があると思っています。何度も聞いた話でも、劇にするとなれば、役の立場を考えたり演出を加えたりと、楽しみながらその話に関わりやすくなるんです。

木村 話をした本人役や登場人物役だけでなく、「ゆで卵役」「パソコン役」といった人物以外のものや、目に見えない「不安の声役」「圧迫感役」をつくったりもしますよね。

中島 配役は自由で、話を受けて自分で役を考えてくれることもあります。「楽しさ」を起点にすることで、メンバーが自然と他者の話に関わっていけるようになったことは、演劇の大きな力だと思います。もともとは誰か一人の話だったとしても、そこからみんなで関わることで、また別のものが立ち上がってくる感覚もあります。

池田 以前拝見したステージは、しっかり稽古されていて「作品」として高い完成度でした。日々の活動から、外で披露するまでにはどう発展していったんですか?

中島 最初はちょっとした寸劇でしたが、続けていくうちに「せっかくだからイベントで見てもらおう」と、5〜10分程度の短いものをつくるようになりました。当初は「演劇」や「作品」と言うことすら照れくさいと感じていましたが、今は堂々と作品タイトルをつけて、メンバーも自信を持って演じています。

木村 日々の活動と作品づくりは地続きになっていますね。毎朝のミーティングで困りごとをお互いに話し、その場ですぐ劇にしてみるということを普段からやっているんです。

池田 日々の活動を種に、作品として育てているんですね。ただ、そうした発想の転換って、そうできることではないと思うんです。なにより、「当事者自らが自身の困りごとを演じて見せる」という世界観をつくり上げたことが本当にすごい。何気ない思いつきがはじまりだったとしても、確固たる哲学を感じます。

中島 きっかけは思いつきでしたが、私は元々「人が集まらないとできないこと」に関心があって。メンバーがバラバラなまま、それでも一緒に何かできないかとずっと考えていたんです。オープンダイアローグや当事者研究などを参考にしながら、自分たちの場に合う形をずっと試行錯誤してきました。その中で、この「演劇」にたどり着いたんです。

池田 BaseCampさんの演劇には、それぞれの個性がありつつ、一つの集団としての世界観を感じていて。お互いを尊重していることで成り立っているところに感動するんです。

中島 「みんなでつくっていく場」「お互いを大事にできたら」ということは、毎日口にしてますね(笑)

木村 今日のように見学の方が来られた時も、お客さんも取りこぼさずに、みんなで場をつくることを心がけています。一人ひとりがいるからこそこの場が成り立つ、という感覚は常に意識していますね。

池田 確かに、BaseCampさんの説明の時に、僕らには応援用のうちわを渡してくれて、一緒に場に参加している感覚がありました。それと、みなさんが「これは自分の仕事だ」と手を抜かずに取り組んでいる姿が、本当に素晴らしかったです。

●ちょっとだけ無理ができる、安心感のある場

池田 ラップも結構リアルな内容で、正直どう受け止めたらいいか戸惑ってしまったんですが、歌っている本人はすごく生き生きとしているんですよね。その姿を見て、こちら側の偏見や先入観を取り払って、学び直さないといけないと思わされました。

中島 まだ手探りの活動なので、そう言ってもらえると励みになります。

池田 BaseCampさんの演劇は、いわゆる芸術としての演劇とは異なり、「その場にいる人との出会いをどう広げるか」を考えているものだと思うんです。僕らが取り組む「なんだかんだ」も、路上に畳を敷いていろいろな方に集まってもらい、領域を取り払ったところで突然演奏や劇がはじまったりして、知らない世界に出会える場をつくりたいんです。
そういった時に大事なのが、今日最初にやってくれたダンスで。初対面同士で踊るのって恥ずかしいけど、みなさんが受け入れるように踊ってくれたことで、距離がぐっと縮まった感じがしたんですよね。

木村 今日は特にメンバーも張り切っていたと思います(笑)
「どうすればみんなが気持ちよく過ごせるか」というシステムや工夫については、日々自分たちでもしょっちゅう話し合っていて、ダンスにしても演劇にしても、日によって雰囲気や反応が違うこともあるので、少しずつ工夫を重ねてきたことがこう受け入れてもらえているのかもしれません。

池田 「なぜやるか」ではなく「どうやるか」をものすごく考えていますね。困りごとの原因を探るのではなく、どう乗り越えていくかをみんなで考える場になっているというか。
ちなみに、ラップや演劇ってハードルがあると思うんですが、抵抗があるメンバーはいないんですか?

中島 最初はハードルを感じる人もいますが、やってみると「意外とできた」と楽しんでくれることが多いですね。
これは言葉を選びますが、BaseCampでは「ちょっとだけ無理してみる」瞬間があってもいいと思っているんです。無理やり頑張らせたいわけではなくて、不安だけどそのまま飛び込んでみる、というか。

池田 それを中島さんは「いいよ、いいよ」という言葉でまろやかに包んでいますよね。今日訪れてみて、その声かけが「失敗しても大丈夫な場なんだ」という安心感をつくっているんだなと思いました。

●領域を超えてひろがる未来

池田 この先やってみたいことはありますか?

中島 やっぱりさまざまな人が関わることで活動が広がっていくので、新しいメンバーが入ってきてくれたら嬉しいです。あとは、精神科病院に入院中の方との関わりももっと深めていきたいです。入院中の方とも一緒に演劇やラップができたらいいですね。

池田 積極的に活動を広げつつ、実直に積み重ねているところも本当に素晴らしいです。今後の展開で考えていることはありますか?

中島 演劇やラップは「これは発見だ!」と思って取り組んできたんですが、最近はすっかり日常にもなっていて。かと言って、次はどんどん上達を目指すぞ!というのも違うし…これからどうしましょう。

池田 上手くなろうとすると自由がなくなりますからね。もっといろんな人を巻き込んで、異なる場所でやっていくのもいいかもしれません。福祉を超えたり、演劇を超えたり、部屋の外に出たり…何かしらの「領域を超える」ということにヒントがありそうです。

中島 いろんな領域とコラボレーションするのはいいですね。実際にお声がけいただくこともありますし、そこから得られる刺激もまだまだありそうです。

池田 最近ビジネスの文脈で「ケア」が語られることも増えてきて、いよいよメンタルヘルスの時代になってきたなと感じていて。AIが普及する社会だからこそ、身体性を伴う表現や場づくりは新しいカルチャーになっていくと思うんです。
その中で、BaseCampさんの演劇のような画期的なアイデアはとてもヒントになります。ケアの本質とも言える「ちょっと楽にいられる」「大丈夫だと思える」表現や場にずっと取り組まれていて、もっと真似されるべきことだけれど、それをどうやってつくっているのかがみんなわからない。なので、もっと広めていくことをお手伝いしたいなと、改めて思いました。

中島 そう言ってもらえるのは本当に心強いです。これからもぜひよろしくお願いします!

池田 まずはめちゃくちゃかっこいいプロモーションムービーをつくりましょう!

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不安や悩みをすぐに解決することは難しくても、誰かと一緒に受け止めることで、ほぐれるものがある。
BaseCampさんが取り組むラップや演劇には、無理に答えを出そうとするのではなく、「いまを少しでも楽に、安心していられる状況をいかにつくるか」という、切実で温かな眼差しがありました。

こうした「ちょっと楽にいられる場」をつくることは、そう簡単なことではありません。けれど、演劇やラップといった「遊び」のような表現が、時として扉をひらく鍵になる。そんな可能性をBaseCampさんは教えてくれました。
なんだかんだもまた、さまざまな取り組みに学びながら、なんだかんだなりの大丈夫な場をつくっていきたいと思います。

Text/Edit: Akane Hayashi
Photo: Masanori Ikeda(YUKAI)

不安や困りごととの関わり合いをつくる、表現や場の力|こんなだった、なんだかんだ12 #1

2023年にはじまり、あっという間に12回目を迎えた「なんだかんだ」。大小さまざまな規模で展開し、路上を大々的に使って開催するのは4回目です。着実に回を重ねつつも、ひとつの型に収まるのではなく都度やり方を探りながら、多様な発見にあふれる場をつくってきました。
▶︎これまでのなんだかんだhttps://opkd.jp/nandakanda/

境界なく演目たちが繰り広げられる畳の上は、私たちをあたらしい世界や体験に出会わせ、誘ってくれるゆるやかな舞台です。演者も参加者も渾然一体となり、どこか居心地がよく、安心できる時間や場をともにする。そんな光景を生み出すことが、なんだかんだを通してずっと取り組んできていることです。
12回目となるなんだかんだも、たくさんの方に協力いただき、目まぐるしくあらゆる光景が生まれていきました。そんな濃密な一日の様子をお届けします。

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なんだかんだ12のスローガンは、「なんだかんだと、よくがんばって生きてきた」。
クリエイティブディレクターの池田晶紀さんは、改めて「なんだかんだ」という場を捉え直し、この場に込める想いをこう綴りました。

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「なんだかんだ」は、障害のある人、福祉施設の方、アーティスト、役者、ミュージシャン、医師、この街を愛する人、こどもや親など、さまざまな立場の人たちが出会い、生き方や表現をたがいに分かち合いながら、「たのしむ意欲」を交換する祭典(場)です。ここで生まれるアイデアや関係性を、「社会の中でどう活用できるか?」を探る、創造と実験の場として位置づけています。
私たちはこの場を、“あたらしい縁日”と呼んでいます。この縁日には、「こんなやり方があったんだ」や「なんだかちょっと楽になった」といった声が、自然と集まってきます。見方や考え方を、少しだけやわらかく変換するようなアイデアが、ここにあります。縁日では、会場となる路上や建物の中に、合計300畳の畳が敷かれています。普段、畳の空間は「内と外のあいだ」を感じさせるものですが、靴を脱いで路上の畳に一歩ふみこめば、そうした境目の感じ方が違うかもしれません。路上の畳からは、ビルの隙間から見える空や、人と人がたのしそうに過ごす様子が広がっている時間が流れています。

出会ったことのない世界、出会ってみて初めて知る体験。体感する心地よさや、出会い方そのものが、この縁日の魅力です。じわじわと共感が生まれ、気づけば「ここ、なんか居心地いいな」と感じてもらえるような時間になったら、うれしいです。

・・・

●演劇・配達・かるた。問いや勇気を与えてくれる、画期的なアイデアたち

たくましく、たのしく生きていくためのアイデアや工夫を分かち合う。そのアイデアを持ち寄るのはさまざまな立場や分野で活動される方々で、特に第一回目から障害のある方や福祉施設の方に多く参加いただいています。
日頃から楽しむことや気持ちをほぐすことを考え、向き合っているからこそ生まれるアイデアや表現はとても画期的で、自然と惹き込まれ、見ている私たちに問いや勇気を与えてくれました。

就労継続支援B型BaseCampによる、
即興お悩み相談パフォーマンス「べーきゃんくりにっく」。
会場の中からお悩みを聞いて、BaseCampのメンバーがその場で演劇に!
「やりたいことがたくさんあって寝る時間がない」という学生さんからの悩みには、
主人公の周囲をいろいろな欲求に扮したメンバーたちが次々に取り巻く劇に。
メンバーの巧みでユーモアなお芝居も相まって、思わずクスッとしてしまうその様子に
劇にすることで切実な悩みも少し軽くするような不思議な力が感じられました。
会場に突如現れた車いすの集団は、佐野夢果さん考案のワークショップ
車いす夢のデリバリー「記憶を届ける 〜宇宙編〜」。
車いすに乗って街へ繰り出し、なくした記憶を集めるというものです。
いざ街へ出ると、記憶をなくして困っている生き物があちこちに。
記憶を思い出す手助けをして、記憶のかけらを集めていきます。
話を聞いて困りごとを助けるたびに、通じ合えていく気がします。
車いすに乗ることと、困っている人を助けることをセットで体験し、
最後は社長から報酬をいただいて、達成感もひとしお。
世田谷の福祉事業所・ハーモニーによる幻聴妄想かるた。
メンバーが実際に体験したことを句と絵にしたかるたを競いながら、
ユニークな絵とメンバーから語られるエピソードを通して、
知らなかった幻聴や妄想の世界に触れていきます。
画材循環プロジェクト「巡り堂」のスペースでは、
なが〜〜〜〜い紙が敷かれ、思う存分画材を使って、思う存分描ける空間に。
廃棄されてしまう画材たちが巡り堂のメンバーの手によってピカピカに磨かれ、
またさまざまな人の手にわたって、その場を鮮やかにしていました。

●お馴染みとはじめましての演目が、混ざり合うように楽しさを生む

他にも畳を埋め尽くすほどさまざまな演目が大集合。お馴染みの演目はこの場をより安心感のあるものにし、はじめましての演目はこの場に新しい光景を生んでくれました。

建築家 藤本信行さんによる茶道教室「露天風炉」。
オープンな空間のせいか、お客さん側のリアクションもどこか開放的。
TOBICHI 東京による「おちつけ書道」もすっかりお馴染み。
書くことに向き合う時間って、実はとっても落ち着く。
元図工教員のひつじ先生のコーナーでは、
ハレパネにさまざまな材料を貼ってゆかいな生物をつくります。
色とりどりな素材にときめくままに、個性豊かな生き物たちが次々に爆誕。
はっとりこうへいさんの色を削るワークショップでは、
木片に好きな色を重ねて塗り、ヤスリで削ると
色の混ざり合いが浮かび上がってくるという新鮮な体験!
手芸用のモールで人形をつくる、共立女子大学 建築・デザイン学科 藤本ゼミの「HEART MEAT」
手軽な材料で簡単につくれるので、
災害避難時の不安やストレスも和らげてくれるというアイデアです。
つくりながら話したり、自然を気持ちを共有できる場になっているのも
この人形たちのかわいさのパワー。
能登半島地震をきっかけにつながった個人の集まり「Futo」のコーナーには
災害を機に廃棄される予定だった着物や古布をレスキューしたものが並びます。
さまざまな変化に向き合わざるを得ない中、変わらず残る美しさに、一層の輝きを感じます。
ひびのこづえさんと奥能登・珠洲の食堂をたのしく飾る「#珠洲をあむプロジェクト」
色とりどりのビニールテープを編むと、質感も相まってなんとも鮮やかかつ華やか!
茨城県日立市にある多機能型就労支援事業所ひまわりの「なんだかんだコーヒー屋さん」
はるばる来てくださったメンバーの方が丁寧に淹れるコーヒーは身に染みます。
お昼時にたくさんの人が集まる畳の上で突如行われたのは、
伊藤千枝子さんの歌とダンスのパフォーマンス。
体ひとつで表現し切る姿は会場全体を惹き込み、ほとばしるパワーはたくましい!
前回のなんだかんだで好評だったパン食い競走
パンを咥えるだけで盛り上がるって、あらためて考えると不思議な文化。
カクシンハンのロミオとジュリエットは、恒例ながら何度見ても名作。
青空ウィスキングは、人目を憚るよりも植物の包み込む力が上回ってみなさん安らぎに没頭。
篠崎芽美さんとダンススル会の子どもたちによるオリジナル作品「ダンススルゴミ」
ゴミをテーマに、子どもたちの鮮やかな感覚で捉えた景色をダンスにしたという
パフォーマンスは息を呑むほど圧巻!
今回はテラススクエアも会場となり、さまざまな演目が展開。
ミニトレインは見ているだけでもかわいい光景。
鉄作家・小沢敦志さんの鉄をぺちゃんこにするワークショップは、
子どもも大人も全員興味津々。
Mobilis Aquariumの「ちいさな東京湾水族館」では、
東京湾に暮らす生き物たちが神田にやってきてくれました。小さくても、水族館ってときめく。

すっかり日が暮れ、クライマックスの時間が近づくと、バンドセットと大きなキャンバス、大量の植物が路上に現れます。なんだかんだに縁のあるメンバーで構成された即興コミックバンドが組まれ、正則学園の花いけ男子部による花いけの生パフォーマンスが展開。そして、大きなキャンバスの前には女優の鈴木杏さんが登場し、ライブペインティングを披露!

これらの3つが同時に繰り広げられるセッションタイムに会場も目が離せず、さまざまなものが領域を越えて混ざり合う、なんだかんだらしい締めくくりとなりました。

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なんだかんだは年に数回の取り組みですが、ここに集まる演者のみなさんはそれぞれの場所で、日々活動を積み重ねています。披露してくださった画期的で魅力的なアイデアからは気づくことや学ぶことが多く、そうしたアイデアがいかにして生まれ、育まれていったのか、その背景にこそ大きなヒントがあるような気がします。

なんだかんだが、あらたな世界との出会いの場としてさらに発展できるよう、そのヒントをつかむべく、今回初参加いただいた方にお話を伺いました。

#2に続く

Photo: Masanori Ikeda(YUKAI), Mariko Hamano

いざという時の心に寄りそう防災のかたち|こんなだった、なんだかんだ11

「備えあれば憂いなし」と言いますが、災害という非常事態においては、どれほど備えがあっても、憂いを完全になくすことは難しいものです。だからこそ、憂いをなくすのではなく、安心や落ち着きをもたらす。そんな備えも必要かもしれません。

今年も9月1日の「防災の日」にあわせて開催したなんだかんだ。今回は、食や道具といった物理的な備えに加えて、災害時には「心の備え」も大切であることに目を向け、不安な気持ちをほぐす工夫やアイデアが集まりました。
さまざまな団体、作家、学生のみなさんと協力しながら、お互いの知恵やアイデアを持ち寄り、安心や心強さが広がっていく場となりました。

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会場はお馴染みの神田ポートビル。路上に畳を敷き、屋内外がゆるやかにつながる空間の中で、来場者は思い思いに立ち止まり、体験し、語り合いました。

●在宅避難時の強い味方!パッククッキング
共立女子大学 食物栄養学科 山田ゼミ

会場入口の調理コーナーでは、共立女子大・食物栄養学科の学生による「パッククッキング」を実演紹介。在宅避難時でも可能な調理方法のアイデアをレクチャーしてくれました。

この日つくられたのはシーフードカレー。使用するのはすべて常温保存が可能な食材で、調理器具は使わず、ビニール袋で材料を混ぜて湯煎するだけですが、あさりや鯖缶を使うことで、避難食のイメージを覆す贅沢な味わいに。

こうした制約の中でも、一工夫すればおいしい食事をつくれることは嬉しい発見です。
栄養が偏ると心の調子も乱れてしまうので、避難時だからこそしっかりした食事を摂るアイデアを備えておくことの大切さを実感しました。

●いざという時に寄り添い、役立つ大事な友達
子どものための防災グッズ わらべぇ

調理コーナーの隣には、ちゃぶ台の上に3色のぬいぐるみが並びます。これは、女子美術大学短期大学部プロダクト研究生の礒邊未彩さんが考案した、子どものための防災グッズ「わらべぇ」です。
普段は一緒に遊べるぬいぐるみですが、お腹を押すと暗い場所で安心できるライトになったり、頭部のポーチに防災グッズやお気に入りの小物を入れられたりと、非常時の機能性も兼ね備えています。
さらに腕に巻きつけることもでき、両手を自由にしたまま持ち歩けるのも心強いポイント。
なによりほんのり微笑むわらべぇの姿がとてもチャーミングで、心細い気持ちにやさしく寄り添ってくれる気がしました。

●避難生活の心をほぐす、HEART MEET
共立女子大学 建築・デザイン学科 藤本ゼミ

神田ポート内の畳や壁には、手のひらサイズの小さな人形たちがずらりと並びます。
これらはすべて、手芸用のモールでつくられたもの。ハサミやのりは使わず、モールを折り曲げてビーズなどを刺すだけで、なんとも愛くるしい人形をつくることができます。

つくり方はとてもシンプルですが、モールの色や長さやパーツの配置などちょっとした調整で表情が大きく変わり、自分の好みにこだわることができるのも魅力。

没頭していくうちに、隣の人と見せ合ったり、アイデアを交換したり、自然と会話が生まれていきます。
このHEART MEETは、人形をつくるワークショップであると同時に、「誰かと一緒に人形をつくる」ことを通して、災害発生後の避難生活で生まれる不安やストレスに寄り添い、少しでも心を楽にすることを一緒に考える場でもあります。
人形をつくりながら何気ない会話を交わすその時間そのものが、心をほぐす力を持っているようでした。

●日常から非常時にも役立つ、ひも1本の驚くべきパワー
TOTONOL

外の畳に出ると、何やら身体にひもを巻き付ける人たちの姿が。リストラティブヨガのマイスター・TOTONOLさんによる「ひもトレ」講座では、身近にある丸ひもを身体に巻くだけで起こる変化を体験しました。巻き方次第で、肩や腰の不調が楽になったり、歩きやすくなったり、眠りやすくなったりとその効果はさまざま。
災害時は環境の変化で体調を崩しがちだからこそ、自分を整える術を知っておくことが大切です。

ほかにも、重いリュックを背負う際にひもを巻くことで、荷重が安定し、負担が軽減されるという実践的な知恵も。なにより、「ひもを巻くだけ」という手軽さは、非常時にもすぐ活かせるので備えておく知恵としてぴったり。

●知恵や知識を振り返ることも、大事な防災

昨年に続いて参加してくださった方も多く集まりました。
一度学んだことでも、時間が経てば記憶は薄れてしまうもの。年に一度、振り返る機会を持つことも大事な備えです。

全国各地で救護活動を行う男性看護師集団・Nurse-Menのみなさんによる救命処置体験。
AEDの使い方や心臓マッサージは、何度体験しても無駄になることはありません。
都市で生き残るためのサバイバル術を体験型ワークショップやあそびの中で伝授する
星野諭(かーびー)さんによる「あそぼうさい 〜都市サバイバル編!身近なモノで生き残れ〜」。
遊びながら教えてもらうスタイルのワークショップで、実践が一番大事。
神田消防署が出張防災体験会に出動!
消火器の使い方はわかっていても、使った記憶を新しく持てるとさらに安心できます。
個人向け防災グッズセット「THE SOKO 錦町」は、
厳選されたおいしい保存食を揃えたセットで楽しく備えることも大事。
ほぼ日オリジナルのテント「kohaku」を立てると、たちまち避難所兼遊び場に。
神田警察署の署員の方も防災マインドをやさしく丁寧に警鐘。

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畳に集まってそれぞれの知恵を交わし、試し、話し合う。
「あの人から教えてもらった」という記憶は、その知識をより確かなものにし、いざという時の心強さにつながるように感じられました。

災害は、一人ではどうにもならないことが多いからこそ、周囲と知恵やアイデアを共有し、広げていくことが大切です。備えは自分を守るだけでなく、誰かを支える力にもなり得る。そんな防災の可能性を改めて感じる一日でした。

古書から新刊まで街にあふれる日。神保町、二つの“本の祭り”をめぐる|神保町ブックフェスティバル編

本の街・神田神保町。古書店や出版社が多く集積し、近年では世界からも注目を集めているこの街では、毎年秋に大規模な本のお祭りが二つも開かれます。
それが、「神田古本まつり」と「神保町ブックフェスティバル」。それぞれ異なる背景のもとに生まれた別々のお祭りですが、この街の風物詩として長く親しまれてきました。
一方で、その規模の大きさゆえに、全貌を把握しきれていない方も多いのではないでしょうか。

そもそも、二つのお祭りの違いは何なのか。
どんなお店が集まり、どんな本が並ぶのか。
そして、本の街・神保町で行われるからこその楽しみとは——。

神保町はいつ訪れても多彩な本が集まる街ですが、お祭りならではの巡り合わせがあるこの機会。「神田古本まつり」と「神保町ブックフェスティバル」を通して街へとあふれ出す、さまざまな本との出会いをご紹介します。

神田古本まつり編はこちら

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●本をつくり続ける出版社による、新刊中心のフェス
神保町ブックフェスティバル

神保町ブックフェスティバルは1991年に始まり、老舗書店や飲食の名店が並ぶ神田すずらん通り商店街を中心に200以上のワゴンが立ち並ぶ大規模な本のお祭りです。多様な出版社が出店するこのお祭りは、出版業界の今を体感できる場とも言えます。
そんな大きなイベントを取り仕切る、神保町ブックフェスティバルの実行委員長であり、三省堂書店 代表取締役社長の亀井崇雄さんにお話を伺いました。

——神保町ブックフェスティバルはどういった背景から始まったのでしょうか。

亀井 神保町ブックフェスティバルが誕生したのは1991年で、神田古本まつりの30年ほど後になります。当時はすでに神田古本まつりが多くの人に親しまれていましたが、新刊書を中心としたお祭りを新たにつくることで、さらに神保町を本の街として盛り上げようと、街の人が中心となって立ち上がりました。

——どのような方が出店されるのでしょうか。

亀井 主に出版社です。各出版社が自社で刊行した書籍を、倉庫などに保管している在庫を含めて販売する形になっています。その他にも、開催地であるすずらん通りをはじめ、周辺の飲食店や文房具店など、本以外のものを扱うお店も出店しています。
そういった近隣店舗を除いては、基本的には募集制で、出版社であれば規模の大小は問いません。老舗から新規の出版社まで、販売できる本をお持ちであれば、幅広く参加できるようにしています。

——小規模だったり、インディペンデントな出版社であっても、ワゴンを並べられる本があれば出店できるんですね。
ワゴンはすずらん通りからさくら通りに渡って並びますが、当初からこれほどの規模だったのでしょうか。

亀井 最初から比較的広いエリアを使っていましたが、当時は一社でワゴンを二台持つなど、ゆとりのある配置でした。
ただ、近年は出店希望者が大幅に増え、200社を超えるようになったため、現在は一社あたりワゴン一台に制限しています。それでも数が足りず、やむを得ずお断りすることもあります。

——近年の出版の盛り上がりを感じますね。当日は200台ものワゴンが並ぶとのことですが、ジャンルごとのエリアなどあるのでしょうか。

亀井 特にジャンルによってエリア分けをするようなことはしていません。毎年出店されている出版社さんについては、なるべく同じ場所になるよう調整していますが、基本的にはさまざまな分野のワゴンが隣り合う配置になっています。
配置についても質問があればお答えしていますが、会場でマップの配布はしていないんです。目的を決めずにぶらぶら歩きながら、「これだ!」という一冊との出会いを楽しんでいただきたいと思っています。

2024年の様子

——200台以上も並ぶワゴンの中から出会いを楽しめるのは、想像するだけでもわくわくします。

亀井 実際に回ってみるとあっという間に時間がすぎてしまうので、余裕を持ってお越しいただけるといいかもしれませんね。
専門書のみを扱う出版社もありますが、普段あまり馴染みのない分野の本と出会えるのも、このイベントならではです。出版社の方と直接話ができるのも貴重な機会なので、そういった交流も大きな魅力だと思います。

——確かに、出版社の方が店頭に立つ機会は普段なかなかありませんよね。

亀井 ご自身が担当された本については隅から隅までご存知ですし、出版社の方の視点でおすすめを聞いてみると、新しい発見があると思います。出版社の方にとっても、読者の方と交流できる機会は貴重なので、楽しんで参加されているんです。本との出会いだけでなく、つくり手と読み手が交わるお祭りとして、存分に楽しんでいただきたいですね。

——出店者・来場者ともに非常に多くが集まり、本当に大規模なイベントですが、これまで続けてこられた中で大切にしてきたことは何でしょうか。

亀井 愚直に「本のイベント」として続けてきたことだと思います。出版不況や書店の減少など、業界を取り巻く環境は変化してきましたが、それを意識して大々的な広告を打つようなことはせず、とにかく絶やさず開催し続けることに徹してきました。そうした積み重ねが、自然と広がり、今の盛況につながっていると感じています。
開催地が神保町という街の求心力も大きいと感じるので、「本のイベント」であり「街のイベント」として、残していかなければいけないと思いますね。

——こうした規模のイベントを続けていくには、運営の組織づくりもとても重要に思います。実行委員会として運営されていますが、どのような方が関わっているのでしょうか。

亀井 弊社の社員をはじめ、この界隈の出版社や書籍関連のサービスに携わる方、地域のフリーペーパーの編集長など、さまざまな形で神保町や本に関わっている方々が集まっています。長年尽力されている方も多く、世代交代をどう進めていくかは大きな課題です。本業の合間を縫って準備をしているので、正直忙しく大変な面も多くありますが、それでも当日を迎えると、皆さんとても楽しそうなんです。特に出店者や来場者の様子を見ると、「やってよかった」と心から感じます。こうした感覚は言葉ではなかなか伝わらないところですが、この場の意義や熱量も含めて、次の世代へ引き継いでいきたいですね。

——改めて、この街にとって神保町ブックフェスティバルはどのような存在でしょうか。

亀井 本は今、さまざまな方法で購入できますが、このイベントは街同士、人同士のつながりを保つための場でもあると思っています。
本に関わる仕事をしている立場からすると、これだけ多くの人が「本を買うためだけ」に集まる光景を目の当たりにすると、本当に勇気をもらえます。それはきっと出店者も来場者も同じで、本が好きな人たちが「まだ本は廃れていない」と再確認できる場なんですよね。なんとかここを旗印に、業界みんなで頑張ろうという気概を見せていきたいと思います。
また、街にとっても年に一度、お店を構える方や住んでいる方が自然と集まり、協力し合う機会になっていると感じます。お祭りとして、街の取り組みとして、どう継続していくかを模索しながら、これからも続けていきたいと思います。

●苦渋の“開催見送り”を経て、いま見据えること

インタビューの数日後に迎えた当日。早朝から雨雲に覆われ、天候が危ぶまれる中、SNS上でも出店者や参加者から開催を願う声が多く見られました。
しかし、開始数時間前、雨天により2日間とも中止が発表されました。30年にわたり多くの人に親しまれてきた場を中止とする決断は、実行委員にとっても非常に苦しいものだったはずです。こうした判断を受けての思いを伺いました。

——何ヶ月も前から準備を進めてこられた中で、今年の開催中止は苦渋の決断だったかと思います。率直なお気持ちをお聞かせください。

亀井 本当に残念でなりません。街の方に聞いたところ、2日間とも開催できなかった年は、今年が初めてだそうです。
土曜日の朝、実行委員で集まって開催の是非を検討している間も、地方からはるばる出店に来てくださった出版社の方や、楽しみに来場されたお客様の姿を見かけて、なんとか開催できないかと気持ちは揺れていました。
しかし、2日間の天気予報は揺らぐことのない雨の予報で、断腸の思いで中止を決定しました。何ヶ月もかけていた準備の成果が一瞬で失われ、さらにご来場のお客様の笑顔を見ることもできず、街全体が落胆しているように感じました。私自身も、喪失感でやるせない気持ちでした。

——中止のご案内からもそのお気持ちが伝わってきて、一層心苦しく感じました。
開催を心待ちにしていた読者や出店者の方々へ、来年の開催に向けたメッセージをいただけますでしょうか。

亀井 楽しみにしてくださっていた皆さまには申し訳ない気持ちでいっぱいです。しかし、濡れてしまった本を開くときの気持ちは本当に下がってしまうので、皆さまの大切な本を守るためにも、雨には最大限の気を配りながら運営をしています。
もともと、「この時期の天候は安定している」という通説のもと開催時期は変えずに行ってきていましたが、近年は秋雨がお祭りに重なってしまうことが増えてきました。来年の開催に向けては、雨対策をどうするかは実行委員会でしっかり検討したいと思います。
来年はたくさんのお客様の笑顔に出会えるように、しっかり準備をしてまいります! 来年もご来場をお待ちしております。

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今回神保町ブックフェスティバルの現場をご紹介することは叶いませんでしたが、話を通して二つのお祭りの共通点が見えてきました。
それは、本との“出会い”を楽しむということ。
おすすめもマッチングもされない環境に身を置き、目の前に並ぶ膨大な本とひたすら向き合うことは、世の中にどんなことを考えている人がいるかを知り、自らの心の動きをゆっくり感じる時間があります。
そしてそれが本の街で行われているからこそ、街中であってもその時間は邪魔されることなく、存分に浸ることができる。書に耽ることを街全体で受け入れてくれることが、このお祭りの醍醐味と言えるかもしれません。

早くも次の秋が待ち切れませんが、神保町の書店巡りにたっぷり時間を費やしながら、本を抱えて1日歩き回れる身体に鍛えておきましょう。

Edit/Text: Akane Hayashi
Photo: Yuka Ikenoya(YUKAI)

いらなくなった画材を巡らせながら、誰かの一歩を支え合う。画材循環プロジェクト「巡り堂」|こんなだった、なんだかんだ10

使われなくなった画材を集め、きれいに拭いて、次に使う人へと届ける。
一見すると何気ないリサイクル活動ですが、こうした営みからさまざまな人を支えている場があります。
それが、2022年に京都・亀岡で始まった画材循環プロジェクト「巡り堂」です。社会福祉法人松花苑が運営する「みずのき美術館」、国内で家財整理業を行う「一般社団法人ALL JAPAN TRADING」、アーティストの親谷茂さんの三者によって発足され、これまで活動を続けています。

巡り堂の主な仕組みは、押し入れや倉庫で使われずそのままになっている鉛筆やクレヨン、学校などで使われた絵の具など、いずれ廃棄されてしまう画材をまた新しい人の元へと繋ぎ、巡らせること。一度は役割を終えた画材をさまざまな人の手を介して、次の誰かの「つくること」へと繋げていきます。

この画材循環というアイデアの背景には、廃棄物を減らすことや、創作活動を支えることはもちろん、心の不調や生活に苦労している人が、人や社会と交わるきっかけとなる場をつくりたいという想いも込められています。
画材一つひとつを拭いて届け、利用者一人ひとりに寄り添ってきたこの3年間。画材が巡りゆく日々には、どのような歩みがあったのでしょうか。巡り堂を運営するみずのき美術館の奥山理子さんと奥岡なぎさんを迎え、実際に回収されてきた画材を囲みながらお話を伺いました。

▼巡り堂の立ち上げ経緯は、以下の記事もあわせてご覧ください。
https://opkd.jp/2025/04/30/ndkd9_report02/

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●小さな一歩に寄り添うこと

まず、今回のなんだかんだ10に先立って、神田ポートビルチームが巡り堂をより深く知ろうと、ある企画が実施されました。その名も「亀とヤギ」です。巡り堂の運営スタッフや、画材の清掃作業を行うメンバーの方と一緒にただ歩くというシンプルな試みでしたが、その時間に巡り堂の本質に触れるような体験がありました。

一体どういった時間だったのか、「亀とヤギ」を企画した神田ポートビルのクリエイティブディレクター・池田さんはこう話します。

「亀岡の障害者支援施設みずのきに集合して、隣町の南丹市八木まで、5kmほどの距離を歩きました。神社に寄ったり池を眺めたり、休憩にアイスを食べたり、ヤギが迎えに来てくれたり。途中でいろいろな出来事がありつつも、“みんなでただ歩く”だけの時間を過ごしたんです。
それだけのことでも、“ここを一緒に歩いたね”という思い出ができれば十分で。目的をつくると達成に意識が向きますが、“歩くだけ”にすると、途中で立ち止まったり不安になっても、他に目的や予定がないぶん、気持ちにきちんと向き合える。『あの曲がり角まで歩いてみようか』『車でもいいから一緒に行こうか』と、勇気を少しずつ引き出せるんですね。
そうした小さな一歩は彼らにとってとても大切なものですし、その一歩にそっと寄り添う理子ちゃんとなぎちゃんをはじめとするスタッフが本当に素晴らしく、巡り堂の日々を垣間見た気がして心を打たれました」(池田さん)

「ただ歩く」という提案を最初に聞いたときは、「巡り堂とどう関係があるんだろうと、ポカンとしました(笑)」と振り返る奥山さん。さらに巡り堂のメンバーに声をかけても、新たな試みへの不安から、参加者がなかなか集まらなかったそうです。

「それでも数人が勇気を出して参加してくれて、実際に歩く時間を過ごすうちに、池田さんの言葉が腑に落ちていきました。
何かに取り組むときにはつい意味を求めがちで、『できる・できない』といった軸で測ろうとしてしまいます。でも、巡り堂を続けることは、その判断軸を見直すことでもあると思うんです。今回も全員が最後まで歩けたわけではありませんが、“一緒に歩いた”という時間が共通の思い出として残ったことはとても大切だなと感じました」(奥山さん)

●画材を循環させることの裏側

この「ただ歩く」企画の背景には、池田さんが「巡り堂は画材を循環させるだけのプロジェクトじゃない」と気づいたことがありました。
「画材循環プロジェクト」と掲げている巡り堂ですが、その立ち上げには何があったのでしょうか。

「家財回収業者の方が『画材をもらってくれませんか?』とみずのき美術館を訪ねてきてくれたことがきっかけで、その瞬間“もうやりたくて仕方がない!”と思いました。
というのも、創作現場に画材を届けられる可能性を感じたからなんです。かつて障害者支援施設みずのきで絵画教室を開いていた頃は、画材を揃えることにとても苦労していました。少しだけ描いて納得いかないと捨ててしまうことも多く、すぐに材料が尽きてしまうんです。だから“素材を大切に扱い、最後まで描き切る”ことを教えていたといいます。でも本来は、もっと自由に画材を使い、好きなように描ける環境があっても良いわけで、そんな場が全国のケア施設やコミュニティに広がる光景を思い描き、絶対に届けたいと思いました」(奥山さん)

「それでプロジェクトを始めるにあたって、“メンバーの背中を押すようなとびきりかっこいいビジュアルがほしい”と僕に相談してくれたんですよね。制作当時は、“画材を大切に循環させる活動”が中心だと思っていたんですが、後からそれだけではないと気づいたんです。本当に目指していたのは、巡り堂のメンバーが画材を拭く作業を通して前向きになり、外の世界とつながるきっかけになることなんですよね」(池田さん)

「そうなんです。巡り堂の作業には、心の不調を抱えていたり日々の生活に苦労している人たちが中心に参加しています。家の中にいることが多いので存在が認識されづらいですが、社会との距離を感じていたり、金銭面や心の状態によって思うように社会に参加できなかったり、“引きこもり”という言葉だけで捉えきれないあらゆるケースを抱えた人が地域にたくさんいるんです。そうした人たちが一歩踏み出せる場をつくりたいと考えていた中で、画材をきれいにする作業が彼らの仕事になるんじゃないかと思ったんです。これが巡り堂のもう一つの思いです」(奥山さん)

画材を届けて自由に創作できることと、画材を通して社会への不安をほぐすこと。画材を循環させることには、そこに関わる人たちに二つのよい兆しをもたらしたいという思いが込められています。

「“巡り堂”という名前も、障害者支援施設みずのきの裏にあるお堂を活動拠点にしようという構想があったことから生まれたんですよね。その光景を想像してみるとすごく素敵だなと思って。お堂にみんな集まって、画材を黙々と拭いたり並べたりする作業は禅にも通じて、ものを生まれ変わらせることで自分も整っていく感覚があります。そんな“祈りのような行為”はケアにつながるんじゃないかと気づいて、この画期的なアイデアをもっといろいろな人に広めていくべきだと思ったんです」(池田さん)

●巡り堂の仕組みがもっと広がるために

そうして巡り堂の名刺代わりとして制作されたのが冊子とポスターです。冊子はこれまでの歩みを小説のようにまとめ、ポスターは巡り堂の流れが一目でわかるものを作成しました。しかし、巡り堂の伝え方については少し葛藤があったと言います。

「池田さんはなんだかんだの企画でも、“福祉”という言葉をあまり使わずに伝えていきたいと話していましたが、私も同じ思いがありました。最初からメンバーが丁寧に拭く姿を前面に出すより、まずは“画材を循環させる”という活動を知ってもらう方が、多方面に広がると思ったんです。
でも、これまでの3年にわたるメンバーとの日々は本当にドラマの連続で、悩んだことも嬉しかったことも数えきれないほどあります。特に、メンバーの仕事ぶりは本当に褒めどころばかりなのに、役所の方やご家族にさえ伝わりづらいんですよね。だからこそ、“今日のクレヨンの磨き方がとても素晴らしかったんですよ”と、私たちが伝えることはとても大事だと思っています。
本当に彼らがいなくては成り立たないプロジェクトですし、一つひとつ手を抜かずに拭いてきた日々があるからこそ今の巡り堂があるんだと池田さんからも言っていただいて、これまでの歩みをしっかり伝えようと思うようになりました」(奥山さん)

冊子とポスターの制作にも関わった池田さんは、巡り堂のアイデアにこそ可能性があり、多くの人に参考にしてもらいたいと言います。

「巡り堂の魅力は、使われなくなった画材を“きれいに拭く”というシンプルな構造だと思うんです。お金をかけずに誰でもできる、これ以上の企画はありません。“企画を考える”というより、“タダでできることはないかな”と発想してみると、アイデアが広がる可能性があるなと思って。福祉分野は特に資金面で悩む施設も多いと思いますが、発想のヒントにしてもらえるといいなと思ったんです」(池田さん)

そんな巡り堂のアイデアは京都を飛び出し、東京の福祉施設と連携して取り組みが広がっています。

「活動が広がるのは本当に嬉しいです。安心できる場を必要とする人は全国にいるはずなので、もっと増えるといいなと思います。
このアイデアの可能性をもう一つ付け加えると、“拭く”という行為が意外と大事で、場に居続ける理由になるんです。雑談しましょうと言われると緊張してしまう人も、拭く作業があるだけで自然と間が持てる。単調すぎず、ちょうどいい作業なんですよ」(奥山さん)

「回収される画材は本当に多様で、古くて用途が分からなかったり、持ち主の痕跡が残っているものもあります。私たちも画材に詳しいわけではないので、メンバーと一緒に“これはなんだろうね”“どう使ってたんだろう”と考える時間が多いんです。画材という共通のアイテムがあることで、上下関係なく自然にやりとりできることがいいなと思います」(奥岡さん)

その言葉を受けて池田さんが「これは皆さんにも体験してもらいましょう!」とひらめき、会場では実際に画材を拭く体験が始まりました。参加者は作業をしながらペアやグループをつくり、感じたことや日頃考えていることをぽつりぽつりと語り合います。

●拭くという行為が持つ力

参加者には、福祉支援や創作活動に関わる方も多く、日々の悩みを共有し合う場面も。対話が深まるほど手つきも洗練され、画材がみるみる磨かれていきました。

作業をしながら対話を重ねて気づけば一時間。初対面同士とは思えないほど穏やかな空気を感じつつ、奥山さんはこう振り返りました。

「まさに私たちの普段の作業時間そのもので、皆さんと共有できて嬉しかったです。アートやものづくりって、好きな人以外にとっては少し距離のあるものじゃないですか。実は私もそうで、みずのきの絵画教室も遡ると絵を描いていたのは入所者の一割ほどで、全員が共有できる時間ではなかったんです。つくる主体にならずとも、”つくること”に参加できる可能性はないだろうかと考えてきた中で、巡り堂はまさに最後のピースがはまった感覚でした。拭くという行為には、誰かの創作を支える力があり、初対面でも一緒に時間を過ごせる力があります。私がずっと求めていたのはこうした時間だったんだなと改めて感じました」(奥山さん)

巡り堂は立ち上げから3年が経ち、これからも小さいながらも確かな歩みを重ねていこうとしています。一方で、現状は一部行政の補助金などはあっても、大部分は自己負担で活動が行われており、来年度以降は確証されていません。そこで、少しでも自走できるよう、寄付の仕組みが新たに設けられました。寄付金は運営費やメンバーの作業工賃に充てられます。
https://megurido.com/#osaisen

「巡り堂では、メンバーが月に8〜10回、1日2時間ほど作業を行い、工賃をお渡ししています。少ない額ですが、時給制にしてノルマを感じてしまうよりも、無理ない範囲で働いて自分でお金を得る機会となるようにしています。少額でも私たちにとっては大きな支えなので、もしよかったらご支援いただけたら嬉しいです」(奥岡さん)

立ち上げ当初から巡り堂を見守ってきた池田さんもこう語ります。

「メンバーを応援するのはもちろん、日々寄り添って支える人たちも含めて応援したいんです。募金も、画材の寄付も、この活動を広めることも、巡り堂の応援になります。どんなかたちでも協力してもらえたら嬉しいなと思います」(池田さん)

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創作活動をしたい人、社会に一歩踏み出す勇気がほしい人、それらを応援したい人。
画材循環プロジェクトは、さまざまな人がさまざまなかたちで関わることができる器のような取り組みです。全員が直接顔を合わせることはほとんどないけれど、“画材が巡る時間”を共有する小さな共同社会のようでもあります。画材を介して、誰かを支え、誰かに支えられながら、一つのプロジェクトとして循環していく。たとえ小さな関わり方でも、画材が巡っていく確かな実感が、活動の兆しになっているように感じました。

なんだかんだも、さまざまなものや人が同じ場に混ざり合いながら出会う場です。巡り堂を応援し、その姿に学びながら、なんだかんだなりの歩みを重ねていきたいと思います。

Edit/Text: Akane Hayashi
Photo: Yuka Ikenoya(YUKAI)

思いがあるところに建築は生まれる。建築に親しみ、まちに触れる「東京建築祭」 後編

大小、新旧さまざまなものが建ち並び、東京の風景をつくっている建築たち。多くを語らずじっと佇むそれらには、それぞれに刻まれた時間や想いがあります。
そうした建築をめぐり、人の思いやまちの魅力に触れる「東京建築祭」。上野、神田、日本橋、丸の内、銀座、港区…といった東京の各所で、歴史ある名建築から新たに注目を集める建築まで、多様な建築が一斉に門戸をひらき、じっくり楽しむことができる壮大なイベントです。

神田錦町周辺も一つのエリアとして参加し、さまざまな建築が公開されました。東京全体から見ると小さなエリアですが、個性豊かな建築が潜んでいる神田錦町。建築を通して見ると、新たな発見に溢れていました。

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③安井建築設計事務所 東京事務所「美土代クリエイティブ特区」

3つ目の建築は、安井建築設計事務所へ。文化施設だけでなく、オフィスビルも対象になっていることに東京建築祭の幅広さが伺えます。
安井建築設計事務所は1924年に創業し、サントリーホールや東京国立博物館などの文化施設をはじめ、幅広い分野の建築設計を手掛けています。今回公開された東京事務所は、築約60年のオフィスビルを2024年に自らリノベーションしてまちと混ざり合う新しいオフィス空間として誕生しました。
さまざまな建築や空間設計の知が詰まったオフィス空間とはどういったものなのでしょうか?

大きなエントランスの向こうには、
企業のオフィスとは思えないオープンな空間が覗きます。
入ってすぐのところに置かれた模型は、社内設計チームが考えたオフィス計画。
1階は「まちとつながりながら、私たちも自らやりたいことを実践する場所」、
2・3階は「自ら働き方を組み立てる場所」として設計されています。
模型に所狭しと貼られていたのは、
この場所でしたいことが書かれた付箋たち。
社員の思いが反映されていて、風通しの良さが伺えます。
1階のオープンスペースには、オフィスらしからぬ大きなキッチンとカウンターが。
社員やまちの人とのコミュニケーションの場となるように設けられたのだそう。
作り込まないことをテーマにしていて、
天井の下地材として使用される建材を装飾として活用。
ドライフラワーを吊るしたりと、
社員の方が思いつきで工夫できる場所になっているそうです。何とも柔軟。
青々とした植物たちに誘われるように2階へ。
この植物は、設計に活かせる環境づくりを目指す
バイオフィリックデザインチームによる活動の一つ。
移転の際に廃棄となったオフィス家具を活用した植木鉢が2階でお出迎え。
ユーモラスな姿が、オフィスに朗らかなやすらぎを添えてくれます。
仕上げを施していないという天井は空間を高く見せるためかと思いきや、
仕上げを省くことで脱炭素に寄与するとともに、
空調設備や照明の配置がよく見えるので若い社員の学びにもなっているのだそう。
ガラス張りの個室やカーテンで仕切られたスペース、高級感ある応接室と、
個性あふれる会議エリア。
廊下を路地と見立てて、各部屋で交わされる議論のエネルギーを
感じられるような空間になっていました。
大きな木が地上へ貫く地下1階は、ビル入居者専用の共有部。
ここも緑が添えられていて、働く人たちが息抜きできる秘密基地となっています。
1階から外に大きく開かれたこの窓は、元々壁だったのだそう。
社員の行き来はもちろん、
お客さんやまちの誰もが自由に入れるような空間が目指されていました。

④岡田ビル

続いては、ガラス張りのオフィスビルとは打って変わってコンクリート剥き出しの「岡田ビル」。
1969年築の不適合建築を「減築」によって適法化するとともに、建築やエリアに新たな価値をもたらす空間として生まれ変わり、その社会性とデザイン性の高さが注目を集めています。

変哲のないビルでも工夫一つで、新たな息吹を吹き込み特別になれる。従来のリノベーションとは一線を画す「再生」のあり方が随所に感じられました。

「いわゆる違法建築を適法化しながら、
デザインとして昇華させて価値あるものへと生まれ変わらせる。
このことはストックが多い東京においてとても可能性を感じられます」と十時さん。
重厚なコンクリート壁にある、切り開かれたような開口は「減築」によるもの。
壁を一部除くことで、カフェのエントランスが開放的になり、
隣地とも緩やかなつながりが生まれています。
ファサードのタイルは再生前から使われていたものを活用。
さまざまなコントラストが多様な人を受け入れるこの場とマッチしています。
反対側はさらに大胆に抜けた側面。入口の開放感を際立たせます。
補強した鉄骨はすべて赤く塗装されてアクセントに。
お店の入口すぐにある大きな吹き抜けも減築のためのアイデア。
減築することで補強量を抑えるとともに風通しの良い空間に。
ワイルドな吹き抜けも5階まで続いて壮観!
階段にある塞がれた扉は、かつてのエレベーターの名残。
かつてのエレベーターは、外階段に付随する形で設置され、
外階段を数段昇る必要があったのだそう。
現在のエレベーターは、吹き抜けに面してとてもオープン。
エレベーター自体、各フロアの顔となる場所に設置されることが
主流となったため、そういった潮流の変化に合わせた
アップデートも行われているそうです。
この日は屋上も一般公開され、
階段を登りながらさまざまな角度から建物を楽しめる機会に。
上から下までじっくり見ることで、
減築という斬新さを肌で体感することができました。

⑤JINS東京本社

最後に訪れたのは、アイウエアブランド「JINS」の東京本社。2023年に飯田橋から移転したという社屋は、将来的に解体予定のオフィスビルです。入居は期間限定で、大胆に全面リノベーションしたオフィスのコンセプトは、「壊しながら、つくる」と「美術館×オフィス」の二つ。
設計を担当した建築家・髙濱史子さんの案内による建築ツアーに参加し、ユニークな機能満載の各フロアをめぐりました。

設計を担当した建築家・髙濱史子さん
「オフィスは室内にあるもの」という常識を覆してつくられた半屋外空間。
コーヒースタンドもあり、一般の人も利用できます。
いまあるものを壊しつつ生かしつつ、
新しいものをつくり出すことを目指した建築には
随所にユニークな工夫が見られます。
建物の外にあった立派なエントランスは、なんと商談室に…!
代わりにつくられた入口は無骨なコンクリート壁のまま。
まさに「壊しながら、つくる」ように、
元の形をほぐしながら新しいあり方の模索が感じられます。
2階にあるフルフラットな空間は、その名も「原っぱ」。
建築家・青木淳さんの著書『原っぱと遊園地』から引用したネーミングで、
「社員が自由な発想で使う『原っぱ』のような場所であってほしい」
という思いが込められています。
フロアに埋め込まれているベニヤ板は通称「種ベンチ」。
床から「芽」のように引き上げてみると、なんと折りたたみ式の椅子に!
3階の商談室エリアは、「美術館×オフィス」というコンセプトの通り
ホワイトキューブのようで実際にアート作品が展示されることも。
美術館の中で仕事しているような感覚を味わえるそう。
各商談室はすべてメガネのフレームの名前になっていてJINSらしい。
5階から8階にかけてはワークフロア。
部署を横断した交流が生まれやすい、フレキシブルな空間。
ワークフロアの中央に設置された吹き抜け階段。
各フロアの様子を感じることができてとても風通しが良い。
下から吹き抜けを見上げると虹色に包まれた空間に。
プリズムシートによって角度や時間によって見え方が変わる様子は幻想的です。
シンボリックな植栽はアートピース「Fabbrica dell’Aria®(ファブリカ・デラリア)」。
空気を浄化する機能性とアートとしての美しさを兼ね備えています。
最後に訪れた9階にはなんとサウナ室が!
グループサウナとソロサウナの2部屋完備され、
リフレッシュはもちろんコミュニケーションの場としても使われているそう。
ホワイトボードがあるのがオフィスのサウナらしい設計。
日本サウナ学会代表理事である加藤容崇先生やフィンランド大使館の方に
相談しながらつくられたサウナは本格的。
水風呂はキンキンに冷えて見えるよう
青い照明で演出されているという芸の細かさ。
スタイリッシュな浴槽は、
実は馬の水飲み用の桶を活用しているそうです。
合理性に安住せず、実験的な要素が多く取り入れられていることが印象的で、
働く環境としてあらゆる思考が詰まっていることが随所に感じられる建築でした。

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5つの建築を通して神田錦町周辺の人やまちに触れた東京建築祭。歴史的な文化施設から、新たなアイデアに溢れたオフィスビルまで、「建築」と一口に言ってもあらゆる思考がめぐらされ、それぞれ多様な風景を生み出していました。

静かに佇む建築たちも、少し意識を変えて身を置いてみるだけでいろいろなことに気づくきっかけを与えてくれます。そしてそれは、建築が人の手によってつくられ、随所にその人の思いが宿っているからだと体感させられました。
東京建築祭の事務局長の大久保さんがお話しされていた「思いがないところには何も生まれない」ということは翻って、強い思いがあるところには自然と魅力が宿ります。そう思って建築を眺めてみると、単なる構造物ではなく、人の思いの化身のようにも見えてきて、どこか身近に感じられる気がしました。

東京建築祭は来年も5月末の開催を予定されているのだそう。次はどんな建築と、どんな時間を過ごせるのか今から楽しみです。ぜひチェックしてみてください!
https://tokyo.kenchikusai.jp/

Edit/Text: Akane Hayashi
Photo: Yuka Ikenoya(YUKAI), TADA

思いがあるところに建築は生まれる。建築に親しみ、まちに触れる「東京建築祭」 前編 

大小、新旧さまざまなものが建ち並び、東京の風景をつくっている建築たち。多くを語らずじっと佇むそれらには、それぞれに刻まれた時間や想いがあります。
そうした建築をめぐり、人の思いやまちの魅力に触れる「東京建築祭」。上野、神田、日本橋、丸の内、銀座、港区…といった東京の各所で、歴史ある名建築から新たに注目を集める建築まで、多様な建築が一斉に門戸をひらき、じっくり楽しむことができる壮大なイベントです。

神田錦町周辺も一つのエリアとして参加し、さまざまな建築が公開されました。東京全体から見ると小さなエリアですが、個性豊かな建築が潜んでいる神田錦町。建築を通して見ると、新たな発見に溢れていました。

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東京で、建築からひとを感じ、まちを知る

東京のあらゆる建築をめぐる「東京建築祭」。東京中が会場という無謀にも思えるこのイベントはどのようにして立ち上がったのでしょうか。東京建築祭の実行委員会事務局長の大久保佳代さんに、開催を終えてお話を伺いました。

——今回で二回目の開催となりますが、「東京建築祭」はどういった場を目指していたのでしょうか?

大久保 建築を対象物として見るというより、建築と触れ合って距離を近く感じられるような機会にしたいと思っていたんです。さまざまな側面を少しずつ知りながら、次第に建築と仲良くなっていく感覚というか…。昨年の開催では、多くの方に来場いただいた反面、ゆっくり交流するような環境をつくれなかったなと感じたんです。そうした反省を踏まえて、今回はエリアを大幅に拡大してスポットを分散し、混み合わないように調整しました。参加建築数でいうと54件から128件と倍以上に増やして、交流会やワークショップなど、対話型のプログラムも取り入れました。いろんな工夫をして、今回は余裕を持って建築と親しめる機会を作れたかなと思います。

——確かに程よく人が行き交い、椅子に座ってゆっくりしている方も多かったことが印象に残っています。

大久保 あともうひとつ、参加者だけでなく建築を公開する側の人にも気付きを得てもらいたいと思ったんです。特にオフィスビルや大学施設だと、社員や職員の方にとっては普段の職場なのでその価値を意識することはそうありません。
でも、東京建築祭を通して多くの人に関心を持ってもらい、普段身近にいる人もこんなにもいいものなんだと気付くことってとても重要なんです。建築はつくる人と使う人と守る人がいてこそ価値あるものとして残り続けると思うので、そうした立場の人も建築の価値に触れて思いを持つ機会となることを目指していました。

——東京建築祭のキャッチコピーにも、「建築から、ひとを感じる、まちを知る」とあるように、人の存在を大事にしていらっしゃいますね。

大久保 そうなんです。建築って、人の思いがモノとして現れていると思うんです。そもそも思いがないところには何も生まれませんしね。建築ほどの規模になると、膨大なデータや課題を分析しながらどういった方向性や合理性を持ってつくるか、さまざまな情報が関わっていきますが、そもそもは「こうしたい」という思いが出発地点にあります。建築自体は多くの人が目にすることができるけれど、思いとか裏側を感じられる機会はなかなかないので、そういったことに触れられるものにしたいと思ったんです。
まだ場所によって公開の仕方に差がありますが、東京建築祭としての思いも少しずつ広げていきたいですね。

——東京建築祭でさまざまなエリアをご覧になっている大久保さんから見て、神田錦町はどういった印象でしょうか?

大久保 神田錦町はなんというか、かわいいんです(笑) 派手で凝った建築があるというわけでないけれど、ヒューマンスケールでみんながそれぞれ楽しもうとしている空気をすごく感じます。中心になる企業やエリアマネジメント団体があるわけでもなく、いい意味でバラバラというか、ゆるい連携をもちながら各自で頑張っていますよね。東京都心でそうしたコンパクトなスケール感で頑張ろうとしているところが応援したくなるし、だからこそユニークなことが起きているなと思います。そのかわいさが、とても魅力的で大好きです。

建築でめぐる、神田錦町

大久保さんの言葉を借りるなら「かわいい」サイズ感の神田錦町。老舗店が残る神田駅周辺や神保町、自然溢れる皇居、高層ビルが並ぶ丸の内エリアに囲まれたこのエリアですが、今回の東京建築祭では周辺エリアにて5箇所の建築が公開されました。

まちの風景であり、人の営みに関わってきた建築たち。それぞれどういった建築で、どんなことを語りかけてくれるのでしょうか? 神田錦町エリアをよく知る安田不動産の十時さんにガイドいただき、一緒にめぐっていきました。

①神田ポートビル

まず訪れたのは、1964年築の印刷会社旧社屋をリノベーションし、2021年に誕生した「神田ポートビル」。歴史と文化の積み重なった神田錦町という場所を背景に、カルチャーやアカデミズム、ウェルビーイングをテーマにした文化複合ビルです。

一見リノベーションとは気づきづらいほど、かつての佇まいを残しているこの建築。ですが、よくよく見ていくとさまざまな仕掛けやギミックが散りばめられています。早速見ていきましょう。

「『神田ポートビル』という名には、
旅の出発点であり嵐の日には避難する場所ともなる「港」のように
たくさんの人々が自由に活用してほしいという思いが込められているんですよ」と十時さん。
建築を見たり、スタッフの方と話したり、ひと休みしたり。
まさに港のようにいろいろな人たちが行き交います。
入ってすぐ左に広がる白い壁の空間は、ギャラリーにも写真館にもなるのだそう。
商品や本が並ぶ棚の先に「?」の掛け軸が覗くのは、なんと茶室。
建築家の藤本信行さんによって、お茶会や展示目的のために手がけられたもので作品の一つ。
茶室の入口にある「?」と書かれた木箱を開けてみると、小さなご利益がありそうな仕掛けが。
茶室をはじめ、神田ポートビルのコンセプトに合わせて
作家の方が制作したアート作品が随所に点在しています。
地下は元々印刷会社の倉庫だった場所を丸ごとサウナに。
階段上の壁に掛かっているのもアート作品の一つ。
白樺などの植物がたくさん吊るされていて、まるで森。
フィンランドではサウナがまちのコミュニティ形成に重要な役割を果たしているように、
ここ神田ポートビルにも、まちの人がやすらぎ、集える場所として
サウナをつくることになったのだそう。
天井が高く、休憩スペースには丘のような傾斜があり
地下であることを忘れてしまう開放感。
続いて2階へ…
元々の建築をあまり変えずに、馴染ませる形で新しい要素が取り入れられています。
自然の木を力技で捻ったというダイナミックな手すり。
2階は「ほぼ日の學校」のスタジオ。
エントランスの壁は本物のレンガが埋め込まれていて、由緒正しい校舎の雰囲気が漂う…。
壁には谷川俊太郎さんの詩が掲げられていました。
奥へ進むと和田誠さんから譲り受けたという本棚がさらっと置いてある驚き。
さまざまな著名人が講義を開いていてきたスタジオ。
アプリに登録すると動画コンテンツとして見ることができ、どこでも学ぶことができます。
再び1階に戻ると、建築家の藤本信行さんがお茶を振る舞いながら
建築の説明をしてくださいました。なんというおもてなしの精神。
かつての佇まいを残してまちに馴染みつつ
ユニークさと居心地の良さが程よく調和した、まさに港のようにやすらぐ場所でした。

②共立講堂

次は、東京タワーの設計者・内藤多仲博士が構造設計、前田健二郎が意匠設計を手がけた「共立講堂」へ。1938年に建てられ、日比谷公会堂に並ぶ大型の講堂で音楽関係の公演のメッカとして親しまれていました。その後関係法令の改正や社会環境の変化を受け、現在は学校の講堂として活用されています。

外観にも感じられるように、昭和初期のモダンなデザインを先導した建築家・前田健二郎による意匠設計は、格式がありながらどこかチャーミング。圧倒されたり愛でたりと、夢見心地な気分で楽しみました。

「現在は共立女子学園の講堂として使われていて一般の方が入る機会は限られているので
こうして中を見学できるのはとても貴重なんです」と十時さん。
まず入口で迎えてくれるこの作品は、かつて舞台幕だった一部。
以前の舞台幕の全体像はこちら。中央上の木に並んでいる猿が先程の写真で、
舞台幕の壮大さと繊細な表現を同時に感じられます。
講堂に入ると目に飛び込んでくる立派な桜の木は、現在の舞台幕。
面一杯の黄金色が舞台を一層華やかに際立たせていてじっと見入ってしまう…。
格式に一役買っている壁の木片は、吸音するために施されているのだとか。
均等に並ぶ木片と模様の移ろいがとても美しい。
見上げると天井と2階席のアーチが混ざり合ってダイナミック。
この緩やかな曲面は豊かな音響を生み出すために考えられたもので、
鑑賞と実用が兼ね備えられているそうです。
アーチはさまざまなところに散りばめられていて、
行き届いた一手間に名建築たる所以を感じる…。
耐震のために補強した梁もアーチ仕様に! 元々のデザインに馴染んでいます。
アーチを探し求めるように2階へ。
ここにもカーブの効いたアーチを発見。
2階席は傾斜がしっかりありいい眺め。
客席もアーチになるように中央と左右で高さが異なるように設計されています。
この日ボランティアとして案内に立たれていたのは、なんと共立女子中学高等学校の卒業生!
「久しぶりに中に入りましたが、改修を経てきれいになっていたり変わっている箇所がありつつも、
いま見ても懐かしいと思えてとても感動しています」と
かつての建築を実際に体験していた方のお話を聞き、味わいが一層増しました。
1938年の創建当初の様子。正面のデザインはいまと大きく異なっていたようです。
1956年に発生した火災の後、再建されたのがこの写真。
記録によるとわずか1年で再建したそうで、並々ならぬ思いがあったことが伺えます。
2000年以降耐震などの改修を何度か行っているものの、
このまちに欠かすことができない風景の一部として守り続けられる共立講堂。
次に見学できる機会まで、その美しさに思いを馳せつつ楽しみに待っていたい建築でした。

後編に続く

Edit/Text: Akane Hayashi
Photo: Yuka Ikenoya(YUKAI), TADA

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