#3「写真+リズム」|写真家・白鳥建二さんと、リズミカルな神田の街歩き。【後編】

「〇〇のおともに」をテーマに、あるものとあるものをたし算することで広がる神田のたのしみ方を、その道のプロフェッショナルをお迎えして紹介する「おともにどうぞ」。
第三回のゲストには、美術鑑賞者・写真家の白鳥建二さんをお迎えし、写真を撮りながら神田の街歩きへ。全盲という立場から、独自の方法で美術鑑賞や写真活動を行う白鳥さんと一緒に歩いてみると、あらたな街の感じ方がありました。

今回は、街歩きに同行したオープンカンダのクリエイティブディレクター・池田晶紀さんがレポートをお届けします。

〜〜〜〜〜〜〜

さて、2日目もやってきました。「『動く』ということは、何かに気付くきっかけとして必要」と白鳥さんが話したように、ただただ歩いて歩いて歩き回ります。

この日は神保町からスタートして上野方面へ。このあたりは道が広くて歩きやすく、ぐんぐん進んでいきます。


途中ひとつ寄り道をして、「TOBICHI」というほぼ日さん本社の一階にあるショップへ!
このサイトでもご紹介したことがあるんですが、いつもおもしろいものを売ってるんですよ。

この日は美味しいコーヒーを売り出していたので香りをチェック!

それからご近所にある五十稲荷神社へ。ここの神社は小さくてかわいい。季節によってデザインが変わる御朱印がすっごく人気なんです。
1日目はスケールの大きなスポットを多く巡りましたが、このあたりもちょっと路地に入ると小さな出会いがたくさんあって楽しいんですね。

次は秋田犬に会えるギャラリー兼カフェの優美堂へ。
廃業してしまった額装屋さんを現代美術家の中村政人さんが、小さなアートセンターとして街に蘇らせた大人気のお店です。秋田犬の「ののちゃん」はものすごくいい子!

また少し歩いて、淡路町にある複合施設「ワテラス」へ。
一階にあるクラフトビールがたくさん揃った「WIZ CRAFT BEER and FOOD」で、さっそく水分補給となりました。

青空の下で飲むビールはどれももちろん美味い! でも、ふらふらにならない程度にして私たちはまだまだ歩きます。

線路沿いをずーーーっと歩いて…やってきました、ザがつくほどの秋葉原です。

秋葉原は、実は路面でお店の人と話したりするのが楽しいんですよ。

そしてどのお店も密度がすごい。目に飛び込む情報量もすごいけど、圧倒させる気迫のようなものがあってすごいんです。

秋葉原の大通りをまっすぐ歩いて、次は湯島へ! なんかいい感じの街並みです。きっと美味い小料理屋があるに違いなく、勘に従って探してみたくなります。

湯島からさらに上野方面へと歩くと、本当に不思議な光景が飛び込んできます。

そう、不忍池です。さっきまでお店がひしめき合っていたのが嘘のように、ぽっかり空が広がっていて神秘的!
白鳥さんは実は撮られているようで、これはこっそり撮ってますね! さすがです。

次はそろそろ軽くご飯でも食べましょうか、ということでアメ横方面へ。

なんだここは!?

アメ横は、いつまでもにぎやかで変なものもあって、やっぱりすごい!
でも、今日はさっき通った湯島が気になるので、戻っていいお店を探すことに。

嗅覚が惹かれて入った居酒屋「岩手屋」。もちろん大当たり! 地元の方に囲まれながら、優しい時間と美味しい食事が楽しめます。

白鳥さん、今日も遊びましたね、街歩き、お疲れさまです。
といった感じで、再び上野駅へ。水戸にお住まいの白鳥さんは、ここから一本で帰れます。

あっ! 特急電車でも飲んでました。。。


〜〜〜〜〜〜〜

「2日目で一番印象に残っているのは、湯島からアメ横エリアの雰囲気の違いですね。ちょっとした距離なのにこんなにも変わるんだと思って。街にいる人とかお店とかいろんな要素の違いだと思いますが、それが変わっていく様子は実際に歩いてみないとわからないことなのでおもしろかったですね」(白鳥さん)

動き続けたからこそ気付いたことをしっかり味わっていたようです。
さらに、「自分で実感したことを一番信用したい」と話す白鳥さん。しかし、喜びや驚きというのは些細であればあるほど、あっけなく記憶からこぼれ落ちてしまうものです。
そこで、今回のように目的もなく楽しめる人とただ歩き回り、そして自分の内側にある小さな機微に従って、ひたすらシャッターを切る。そうして残った写真は、きれいに撮れてはいないかも知れないけど、素直に楽しい時間が写るように思えました。本当に大発見です。
みなさんもぜひ、試してみてくださいね。


そんな白鳥さんの作品はオンラインストアで販売中です。ぜひチェックしてみてください。
神田ポート Stores

Text: Masanori Ikeda(YUKAI)
Photo: Yuka Ikenoya(YUKAI)
Edit: Akane Hayashi

#3「写真+リズム」|写真家・白鳥建二さんと、リズミカルな神田の街歩き。【中編】

「〇〇のおともに」をテーマに、あるものとあるものをたし算することで広がる神田のたのしみ方を、その道のプロフェッショナルをお迎えして紹介する「おともにどうぞ」。
第三回のゲストには、美術鑑賞者・写真家の白鳥建二さんをお迎えし、写真を撮りながら神田の街歩きへ。全盲という立場から、独自の方法で美術鑑賞や写真活動を行う白鳥さんと一緒に歩いてみると、あらたな街の感じ方がありました。

今回は、街歩きに同行したオープンカンダのクリエイティブディレクター・池田晶紀さんがレポートをお届けします。

〜〜〜〜〜〜〜

白鳥さんの撮影に同行し、街を歩きまわった2日間。一緒に歩き、撮った写真を鑑賞することで気付いたことがたくさんありました。
展覧会の後日、そんな興奮を白鳥さんにお話しするとまたすごいお話が聞けたんです。

「どこを歩くにしても、歩けば歩くほど自分の気分が乗ってくる感覚があります。歩き始めてから10分よりも40〜50分経った方が、足取りや気分が乗ってきて情報収集能力も上がるんです。だから、ある程度時間かけて歩き続けた方が、いろんなことに気付けるんじゃないかなと思います。
例えば、壁や床に触れることでその感触を知ることができるけど、じっと手を置いているだけだと最初の刺激に慣れてきてだんだん何も感じなくなっていくんですよ。でも手を動かしてみると、ここはざらざらしていてこっちはひんやりしてるな、と新たに気付くことができる。『動く』ということは、何かに気付くきっかけとして必要なことだなと思います」(白鳥さん)

本当にその通りですね。実際に1日5時間近く歩き続けたわけですが、へとへとになりながらもいろんなことにたっぷり気付いた街歩きになりました。
ここからは、みなさんも真似して歩けるように、行って楽しかったりおいしかったスポットや、印象的だったことをレポートしていきたいと思います。

まず、一日目は皇居に行ったり、神田駅周辺でご飯食べたり、東京駅まで歩くコースです。

神田ポートからスタートして皇居方面(竹橋駅方面)へ数分歩くと、高速道路の下には大きな川が見えてきます。ここの歴史を感じるでかい石組みが見事な迫力なんです!

石組みに触るために近づいてみると、さらにでかさを感じます。よく見ると無骨な石がごろごろと絶妙なバランスを保っていてなんとも妙技。

また少し歩いて、平川門という皇居へ続く橋へ。
遠くからでも絵になる、江戸時代への入り口のような美しさ! 橋を渡っていざ皇居に入ります。

皇居内は、まさに森! 森林浴にぴったりな、季節の植物が彩りを見せています。

江戸城跡地となる高台と、でっかい芝生の広場と、全てが開放的でデザインされた空間設計は、本当に素晴らしい楽園です。

観光客が行き交う開けた砂利道をぐんぐん歩いたり、緑が茂る森に入ったり、いろんなところを歩いてみます。
またさらに大きな石組みに出会ったり、緑をよく見ると実がなっていたり、精細な石碑を見つけたり。いろんなスケールを感じることができました。

たっぷり歩き回ってまた外に出ると、皇居ランの人とすれ違い、歩くスピードも皇居内と外では変わっていきます。

さて、次は2024年12月いっぱいで惜しまれつつも、移築のため一度閉鎖となってしまった学士会館へ。

圧倒的な存在感を持った素敵な外観と、ディテールまでこだわった建築は、優雅でありながらも、心地良い空間です。

開放的な皇居とは変わって、厳かな空間をじっくり噛み締めていきます。

再び外に出ると、野球ボールとでかい手の彫刻が!
東京大学発祥の地でもある学士会館は、学問だけでなく、日本野球の発祥の地でもあったのだそう。どんな会議をして「よし、ここにこの大きな像をつくろう!」と決まったんだろう?と想像しただけでニヤニヤします。

で、お次は神保町を通りすぎて、神田駅周辺までゆっくり歩きます。

神田駅周辺の高架下は飲屋街で昭和の香りがプンプン! 何か美味いものでも食べようとやってきたのが、羊肉の串焼きで有名な中華料理屋の「味坊」。

ナチュラルワインもたくさん揃っていることでも有名で、この組み合わせが最高なんです。

すっかり食べ過ぎて、また歩きます。

最後に目指すは、東京駅。神田エリアからでも案外歩ける距離で、景色がガラッと変わっていく様がおもしろいんですよ。

東京って、空が狭いと思っていたけど、東京駅周辺は、空が広く、道も広い。そして、ここがゴールとなりました。

〜〜〜〜〜〜〜

「神田駅周辺はお店の外まではみ出して飲んでる人がいて、ああいうのは気分として盛り上がりますね。歩きづらいんだけど、何があるのかワクワクする。
一方、東京駅の方はオフィス街だから言ってみればつまんない場所なんだけど、歩くにはすごく快適で写真もたくさん撮ったかな。結婚式帰りの集団とすれ違ったのもこの街らしくていい光景でしたよね」(白鳥さん)
いわゆる名所的なところを多く歩きましたが、白鳥さんはちょっとしたシーンも振り返ります。

知っているようで案外知らなかった東京の景色。心地いい場所。目的もなくただ歩き、お腹が空いたら美味しいご飯が食べられる。こういう時間はなかなかつくれなかったけど、すごくいい!
なので、もう一回違うルートで白鳥さんと歩いてみようと思います。

その前にもう一つ、この日皇居を散歩してから学士会館に行った後、一度神田ポートに立ち寄ってビルの屋上で休憩した時のことを思い出しました。
それまでぼくが先導するカタチで歩いていたんですが、しばらく経っても白鳥さんはカメラを構えようとせず、一度もシャッターを押さないで歩いているように思えて、ピンときてないのか?一度立て直す必要があるのかな?と心配になり、休憩を入れたんです。
そこでぼくが「白鳥さん、写真…いつ撮ります?なにかリクエストがあれば言ってください」と伺ったら、「撮ってますよ!」と言われて本当にびっくりしました。

続けて白鳥さんが「前に池田さんがいるから写っちゃうけど、まぁいいか!と思って。言おうか迷ったんだけど言わないで歩くことにしたんです」と言い、さらに衝撃の事実。全く気が付かなかったんですが、あとで出来上がった写真を見ると、確かにむちゃくちゃぼくが写っていました。
その時にはじめて、白鳥さんがどう撮るのか、そして何かに反応してではなく歩くことで写真を撮り始めていたことを知ったんです。驚きのあまり腰を抜かしていると、そばで白鳥さんは大笑いしていました。

そんな驚きもあって本当に盛りだくさんの一日だったわけですが、まだまだ歩きます。
では、また〜!

後編に続く

Text: Masanori Ikeda(YUKAI)
Photo: Yuka Ikenoya(YUKAI)
Edit: Akane Hayashi

#3「写真+リズム」|写真家・白鳥建二さんと、リズミカルな神田の街歩き。【前編】

カレーの街として名高い、神田。学生が本を片手に、スプーン1本で簡単に食べられるということから、カレーの需要が高まったという。読書のおともにカレー、新幹線旅行のおともに駅弁、ドライブのおともに音楽。おともがあると、楽しみもぐっと増す気がします。この企画では「〇〇のおともに」をテーマに、あるものとあるものをたし算することで広がる神田のたのしみ方を、その道のプロフェッショナルをお迎えして紹介します。

第三回のゲストは、美術鑑賞者・写真家の白鳥建二さん。全盲という立場から、独自の方法で美術鑑賞や写真活動を行っています。
静かにじっと作品を鑑賞するのではなく、作品を囲んで対話しながら鑑賞する時間を楽しんだり。立ち止まってカメラを構えて写真を撮るのではなく、歩きながら心が動いた瞬間を刻むようにシャッターを切ったり。
白鳥さんが編み出す方法には、感情の赴くままにものごとを楽しむヒントがあるように思えてきます。実際に一緒に街を歩いてまわってみると、あらたな街の感じ方がありました。

今回は、街歩きに同行したオープンカンダのクリエイティブディレクター・池田晶紀さんがレポートをお届けします。

〜〜〜〜〜〜〜

●写真家・白鳥建二さんと街を歩くまで

こんにちは、写真家の池田晶紀といいます。オープンカンダではクリエイティブディレクションを担当しております。いきなりですが、今回の「おともにどうぞ」は、全盲の美術鑑賞者であり写真家の白鳥建二さんをゲストに、ちょっとスペシャルな企画に挑戦してみたので、そのレポートと合わせていつもと違った見方で神田の街歩きをご紹介したいと考えました。

中央左が白鳥さん、中央右がぼく

ぼくが白鳥さんとはじめてお会いしたのは、2024年に企画したイベント「なんだかんだ5」にゲストとしてお声かけしたことがきっかけです。そのイベントでは、白鳥さんとともに美術鑑賞をするワークショップとドキュメンタリー映画の鑑賞会を行っていただきました(イベントレポートはこちら)。


その際に、美術鑑賞の方法や写真の撮り方についてたくさんお話を伺ったのですが、イベントの最中から「今度は一緒に歩いてみたい!」という思いが湧き上がってきました。そんなことを白鳥さんに相談してみると、あっという間に話が広がり神田ポートで展覧会までやってもらうことに。
それから約半年後、ついにその日がやってきたのです。

街歩きは、ぼくがおすすめする道を2日間にわたって合計約10時間も歩きました。右手には白杖を持ち、左手にコンパクトデジカメを腰のあたりでキープし、動きながらシャッターを押すというスタイルの白鳥さん。ノーファインダーでウエストレベルの視点で撮るといったストリートフォトタイプでした。

撮影当日、神田ポートビルを出発地点として撮影をはじめていきました。


初日のコースは、まず神田ポートビルから徒歩10分ほどの距離にある皇居へ向かい、
→広大な敷地で歩きやすい庭園広場へと向かい
→
戻ってきて学士会館へ立ち寄り
→神田駅方面へと歩いて
→中華料理屋の「味坊」で羊の串焼きをたらふく食べ、高級ナチュラルワインを流し込み
→軽くフラフラになりながらも、軽快な足取りで東京駅を目指しました。

二日目は、神保町駅からスタートし、
→古本街を抜けて淡路町にあるワテラスへ行き、クラフトビールで喉を潤して秋葉原方面へ
→電気街を抜けてアーツ千代田3331のあった元錬成中学高校のくすの木を眺めて上野方面へ
→湯島の飲み屋街を物色しつつも通過してアメ横に向かい
→やっぱり湯島に戻って「岩手屋」という居酒屋で乾杯
→またしても心地良い足取りで上野駅まで行って解散
といったコースとなりました。

●白鳥さんの写真を見て思い出したこと

そして、この時に撮影した写真をぼくがセレクトして展覧会を開催しました。展覧会タイトルは「リズム」。ぼくが白鳥さんと一緒に歩いて感じたことから、このタイトルを考えました。

展覧会では、この時のドキュメンタリー作品として、写真家の池ノ谷侑花が写真を撮り、映像ディレクターの菊池謙太郎がムービーを撮影し、編集したものも展示しました。

展覧会をつくるにあたって、キュレーション担当として記したステイトメントがこちらです。


先入観なしでこの写真たちをみて、どう思うか?を試してみたい。そもそも写真って、どう感じたらいいか?とか、食や絵や音楽と違って、わからない。という人が多い気がしています。これを仕方がない。で、済ませるわけにはいかないのが、写真家の気持ちとしてはあるんです。では写真とは?という定義の話になってしまうのですが、わたしの考える写真とは、「みんなのモノ」であり、それは「時間」のことを意味します。そこで、これらの写真を撮ってきた白鳥さんの写真をご覧ください。何が写っているでしょうか?街、人、道路、光、車などなど…。神田の街を約5時間くらい歩くことを2回行いました。この何が写っているのか?について、考えたりしてみる時間がまず、展覧会のテーマになってくるのかもしれません。また、白鳥さんは写真を腹で撮ります。ウエストレベルのノーファインダーで、歩きながら。決して立ち止まらないんです。ここにもヒントがありました。さらに、腕を掴んで一緒に歩くとどうでしょう?呼吸が伝わってくる「リズム」の中で、ただ歩いている。それだけのことなのに、物凄いことをしていることに、はじめて気がつきました。ふと、何か聞いたことがある音楽を思い出しました。フィッシュマンズの「WALKING IN THE RHYTHM」という曲です。もしお時間ございましたら、携帯でこの曲を探してみてください。そして、このスライドショー作品とセットで鑑賞してもらえると、なんか気分が伝わるように思えます。白鳥さんは凄いです!この体験は、「モノをみる」ということが、眼球ではなく、脳でみていることがよくわかりました。
キュレーション:写真家・池田晶紀



と、いった出来事から、白鳥さんの写真作品たちが生まれたわけでございます。
まずはそんな作品の一部をご覧ください!(ぜひ「WALKING IN THE RHYTHM」も一緒に聴いていただきながら)

すんごいでしょ!
どうやってシャッターを切っているんだろう?と気になっていたのですが、白鳥さんによると「ある一定のリズムでただ撮る」ということだけをしているそうです。自分が写真を撮るときは「ハッ!と感じて撮る」や「よくみて撮る」ことをするけれど、そうじゃない世界の見方はこうなるのか!と、だいぶ考えさせられる出来事となりました。

そしてもう一つ気づいたことがあって、白鳥さんの写真は、ずっと見ているとちょっと酔ってきてしまって(実際にも酔っ払ってはいたんですが…笑)、不穏なようにも見えるかもしれないけど、実は気分がいい時の時間が写っているんです。以前のイベントで写真の撮り方について伺った時に「気分が乗らないときは撮りません(笑)」とお話していたのですが、そのことを実際に見て知れたことが一番うれしいことでした。


特に何かを考えることもなく姿勢をピンと張りながら、電信柱や人にぶつからないように歩く。当日ぼくは白鳥さんの隣でそれだけのことしかしていなかったんですが、そんな時間がなんだか贅沢に感じて、なんてことない時間でも「白鳥さんが一緒にいる」ということがものすごく大事だったのかもしれない、と思えてきました。
つまり、誰かと一緒に街を歩き、気分いい時だけシャッターを切ることで、目には見えてなかったその人との時間が残る。このことがあまりにも素敵なので、みんなも真似してみるとおもしろいよ!と思いました。
見落としていたものが、実は大事なものだったことに気づくという楽しみがあるからね。

中編に続く

Text: Masanori Ikeda(YUKAI)
Photo: Yuka Ikenoya(YUKAI)
Edit: Akane Hayashi

神田いらっしゃい百景|think coffee

神田の街を歩くと次々に目に飛び込んでくるお店たち。色とりどりの看板や貼り紙は、街ゆくすべての人に向けて「いらっしゃい」と声をかけているようで、街の人の気風を感じることができるでしょう。

神田いらっしゃい百景は、街に溢れる「いらっしゃい」な風景をご紹介します。

〜〜〜〜〜〜〜〜

think coffee
〒101-0054 東京都千代田区神田錦町2丁目9-15 1F-2F
アクセス:
地下鉄竹橋駅より徒歩5分
JR・地下鉄神田駅より徒歩10分

フォトグラファー 池ノ谷侑花
オープンカンダ撮影スタッフ。
think coffeeさんの入り口の近くにはLUUPが設置されており
サイクリングがてらお店に寄れて便利です!

たくましさを与えてくれる、いい出会いの場を目指して。|こんなだった、なんだかんだ9 #3

「問題の解決が目的ではなく、まずは大丈夫だと思える場をみんなでつくる」
そう掲げているなんだかんだには、出演者みなさんの力が欠かせません。むしろ、なんだかんだが目指そうとしている場をすでに実践されているみなさんをもっと知ってもらいたい、という気持ちも込めて集まっていただいています。

改めて、「大丈夫だと思える場所をつくる」ということはどういうことでしょうか。
そうした場に日々向き合い、なんだかんだがお手本にもしているお二組にお話しを伺いました。

〜〜〜〜〜〜〜

次にご紹介するのは、「幻聴妄想かるた」を使った出張かるた大会を実施してくださった世田谷の福祉事業所「ハーモニー」。
幻聴妄想かるたとは、ハーモニーのメンバーが実際に体験したことを句と絵にしたかるたです。なんだかんだでは、お客さんたちがかるたを競いながら、一枚取るごとに句のエピソードをメンバー自らお話ししてくださいました。

「トゥルルルルと幻聴で電話 ケンタッキーに行くとおさまります」
「コンビニに入るとみんな友達だった」
「弟を犬にしてしまった」
など、読み上げられるたびに内容が気になって仕方がないかるたたち。ユニークな絵とメンバーから語られるエピソードを通して、知らなかった幻聴や妄想の世界に触れていきます。

当事者からなかなか語られる機会のない幻聴や妄想と、かるた大会というなんともくだけた場で出会わせてくれる幻聴妄想かるた。そんなすごいパワーを持ったかるたを手がけたハーモニーの施設長・新澤克憲さんに、アイデアのきっかけや場のつくり方などお話を伺いました。今回の聞き手も、なんだかんだのクリエイティブディレクター・池田さんです。

ハーモニーさんの事務所にて。
施設長の新澤克憲さん(中央)と、なんだかんだにも参加してくださったメンバーの益山さん(左)。

●幻聴妄想かるたがもたらすこと

池田 先日はなんだかんだに参加いただきありがとうございました。改めてハーモニーさんのことをもっと知ってもらいたいなと思って、新澤さんとお話ししたく世田谷の事務所にお邪魔しています。

新澤 久しぶりですね。よろしくお願いします。

池田 まずは、幻聴妄想かるたが誕生したきっかけから教えていただけますか?

新澤 はい。幻聴妄想かるたというのは、ここハーモニーで定期的に実施しているメンバーミーティングから生まれたものです。ミーティングではメンバーの困り事や悩みをそれぞれ話して、みんなでアドバイスし合うということをしているんですが、ある時それを絵に表現してみようと思いついて。

池田 その発想が素晴らしいです。

新澤 それで実際にやってみると、すごくおもしろかったんです。そもそも幻聴って、聞こえはするけど本人にも見えてないことじゃないですか。でも、他の人たちが話を聞いて絵にすることで、途端に幻聴の主が視覚化される。そうすると、本人が一人で抱えてたものをみんなでシェアできるようになるんです。
「幻聴妄想かるた」のことを精神障害の具体的な症状をわかってもらうためのものと取り上げられることもありますが、実はそうではなくて、ここに集まった人たちが一人のことを心配してみんなで絵を描いたという記録なんです。

写真提供:ハーモニー

池田 本当に画期的だと思います。一人で抱えていたものをみんなでシェアできるようになったことで、メンバーの中で変化はありましたか? 

新澤 それまでは幻聴の悩みというのは他の人には言えないことで、スタッフと一対一で話して個別で対応していました。でも、「みんなに自分の話をする」ということが案外おもしろいことだとわかったみたいです。

池田 素晴らしい、大発見ですね。

新澤 自分の話を誰かに聞いてもらえて、「俺もそういうことあったよ」と言われるとわかってもらえた気がするじゃないですか。スタッフとの一対一の関係ではなくて、その場にいる人たちと横の関係ができたということが大きかったと思います。彼らの間で関係性ができることで、お互いが怖くなくなったんです。

●敬意をもって世界を開いていく

池田 やっぱりそれは、新澤さんがみんなに尊敬の目を向けて話を聞いているということが、お手本のように影響しているんじゃないかなと思うんです。
以前ミーティングに参加させてもらいましたが、みなさんが話している間にもかなりの沈黙があるんですよね。でも、それを急かしたり沈黙を埋めるように誰かが話し始めることもなく、その人が自分と向き合う時間としてちゃんと受け止めているんだなと思って。そこにすごく感動したんですよ。その人がそのままで居られることって大事だなと。

新澤 単純にメンバーのみなさんがいい人たちばかりというのもありますけどね(笑)

池田 これって障害の有無は関係ないことですよね。学校にしても会社にしても、どこでも揉め事が起きてるわけで、それは「敬意を持って接する」ということができないからだと思うんです。
ただ、大事なことだとわかってはいても、どんな相手でも尊敬することと、そうした姿勢を教えることって本当に難しいと思います。

新澤 そうですね。例えばたまに事務所にセールスの人が来ることがありますが、そういう外部から来たものに対して丁寧に応答するというのは大事だと思っていて。人をあしらう姿を彼らに見せたくない、という気持ちはありますね。

池田 すごい、なかなか全部そういうわけにはいかないですよ。

新澤 外部から来たものに丁寧に答えるというのは、この場所を閉じた場所にしてはいけないと思っているところもありますね。
やっぱり僕らの人生は偶然で回っていて、たまたま知り合いになったから何かが起きると思うんです。入学式で隣に座ったから友達になったりみたいな。本来そうやって人生は回っていくはずなのに、彼らを取り巻く人間関係はほぼ必然で回っていくしかないんです。例えば、施設に行っても周りには医療関係者とか福祉支援の人とか、彼らに「良いこと」をする人たちだけが集まってくる。
そうした限られた関係の中に閉じ込められて、偶然性を奪われることが嫌なんです。だからハーモニーではいろんな人を受け入れて、突然何かやっても平気なようにしてます。

●やっと行き着いた場で学び直す

池田 いや〜本当に素晴らしいです。場のつくり方っていろんな人が考えていることだと思うんですが、ハーモニーさんから学ぶことってすごくあると思うんです。

新澤 先程池田さんが「その人がそのままで居られることって大事」と言ってくれましたが、今それが脅かされていると思うんです。一般社会からこぼれ落ちてしまった人に対して、「治す」「改善する」ことをしないと社会で生きていけないという構造に危機を感じます。

池田 ハーモニーには、治すということではなく「学び直す」みたいなことがあると思うんです。

新澤 学び直す、そうですね。特に統合失調症の人は20代前後で発症することが多く、そこから長い期間の入院によって社会から遠ざけられ、40代になって帰ってくる、といったことがよくあります。
ただ、そこから何か始めようとしても感覚は10代のままなんですよね。なので、まずは友人とのトラブルをどう解決するかとか、10代みたいな悩みから一つひとつ向き合う必要がある。そういう意味でも、学び直すというのはその通りだと思います。
ただ学び直すにあたっては、彼らが10代だった高度経済成長期の価値観に戻るんじゃなくて、詩を書いたりギター弾いたり、病気とのつき合いのなかで、やりたかったけれどできなかった好きなことからはじめていけばいい。それで本を売ったりライブをしたり、それぞれができることから丁寧に進んでいけるといいんじゃないかと思っています。

池田 幻聴妄想かるたのアイデアも、メンバーの物語やつくったものを商品にすることで、他の福祉施設で行うような作業が難しい人に工賃を支払えるようにする仕組みになっていますもんね。

新澤 そうなんです。一般社会とされる環境においては、決まった時間で正確に多くの仕事をした人が評価される、という価値観がありますよね。でも、そこからこぼれてしまった人が集まる福祉施設で、同じ価値観を掲げても彼らが自信をもって日々過ごしていくことにはつながらないんです。なので、ハーモニーではその価値観を捨てようと思いました。
もちろん社会での自立に向けた支援施設はとても重要なので、ハーモニーが正しいということではなく、そうした施設をいくつか巡ったけどうまく馴染めなかった人が、最終的に辿り着けるような場にできるといいなと思っています。

池田 ハーモニーさん自分たちのことを「片隅」といった言い方をされていたことが印象に残っていて。やっと行き着いた場所だからこその心地よさがある気がしますね。

●話せることを話すだけで大丈夫

池田 なんだかんだでは、お客さんたちとかるた大会をしながら、読まれたかるたのエピソードをメンバーの方に話していただきました。
これがとっても貴重な機会だったんですが、ハーモニーで普段やられているように、お客さんたちも一緒にメンバーの話を聞いて絵を描くということもできそうですか?

新澤 幻聴妄想かるたは、メンバーのハーモニーという場に対する信頼から生まれたものなので、自分の物語を知らない人に委ねて絵を描かれることに抵抗がある人もいると思うんです。ただ、場によっていろいろなやり方の可能性はありそうですね。知らない者同士だから語れることもあるかもしれませんし。

池田 場によって引き出されるものって違いますもんね。

新澤 「なんだかんだ」の場合は、オープンさ加減が並大抵のものじゃないですか(笑)
いろんな人がいていろんなことが起きているので、じっくり話を聞くことはやりにくい環境だと思うけど、その開放感がおもしろくなりそうな場ですよね。幻聴や妄想といったことに絞らずに、それぞれが話せることをシェアして、みんなで絵を描いて、それで遊んでみるだけでもいい体験になる気がします。

池田 多くの人があまり自分と向き合う時間を持てていないと思うので、すごくいい時間になると思います。「話せることを話す」ってとても大事ですよね。それがわかるだけで大丈夫でいられる気がします。

新澤 そうなんです、人それぞれが自他境界を持って、ここまでは明け渡して大丈夫ということを話せばよくて、必ずしも本当のことを言わなくたっていいんです。言ってしまえば、幻聴や妄想も本当かどうか第三者にはわからないわけですし。そういった許容範囲のあり方含めて、どう場をつくるか次第かなと思いますね。

〜〜〜〜〜〜〜

巡り堂とハーモニーのお二方のお話を通して、「大丈夫だと思える場所をつくる」ことのヒントをたくさんいただきました。
それぞれに共通していたのは、「その人がそのままで居られる」という状態を大事にしていることです。多くの人が意識的にも無意識的にも社会に順応して生きている中で、「そのままで居ること」を肯定し、それを可能にするような場をつくる。それはもちろん簡単なことではありませんが、「画材循環プロジェクト」や「幻聴妄想かるた」といった鮮やかなアイデアで取り組んでいることがなにより希望を与えてくれました。

さまざまな人が暮らしをともにする街において「その人がそのままで居られる」ことを目指すのは、より良い街をつくる上で向き合うべき命題と言っても過言ではありません。
神田の街にもこうしたアイデアが芽吹いていけるよう、なんだかんだを通して考えていきたいと思います。

Text/Edit: Akane Hayashi
Photo: Yuka Ikenoya(YUKAI), Mariko Hamano,
Joki Hirooka

たくましさを与えてくれる、いい出会いの場を目指して。|こんなだった、なんだかんだ9 #2

「問題の解決が目的ではなく、まずは大丈夫だと思える場をみんなでつくる」
そう掲げているなんだかんだには、出演者みなさんの力が欠かせません。むしろ、なんだかんだが目指そうとしている場をすでに実践されているみなさんをもっと知ってもらいたい、という気持ちも込めて集まっていただいています。

改めて、「大丈夫だと思える場所をつくる」ということはどういうことでしょうか。
そうした場に日々向き合い、なんだかんだがお手本にもしているお二組にお話しを伺いました。

〜〜〜〜〜〜〜

最初にご紹介するのは、京都・亀岡市を拠点に展開する画材循環プロジェクト「巡り堂」。
家の押し入れや会社の倉庫で眠っている鉛筆やクレヨン、絵の具など、いずれ廃棄されてしまう画材を次の人の元へと繋いで、巡らせていくプロジェクトです。なんだかんだでは、回収した画材のクリーニング作業の体験や画材を使って自由に創作を楽しめる場を展開してくださいました。
色とりどりの画材が大量に並び、見ているだけでわくわくする巡り堂のエリアはいつも大盛況。なんだかんだに楽しい彩りを添えてくれています。

そんな巡り堂を立ち上げたのは、みずのき美術館キュレーターの奥山理子さん。発足のきっかけからさまざまな展開、現在の悩みなどをお話しいただきました。聞き手はなんだかんだのクリエイティブディレクター・池田さんです。

巡り堂のスタッフみなさん。真ん中にいらっしゃるのが奥山理子さん

●巡り堂のはじまり

池田 いつも京都・亀岡から神田まで来ていただいていますが、今日はぼくらが巡り堂の拠点・みずのき美術館にお邪魔しています。壁に展示されているのは美術館の収蔵作品ですね。

奥山 遠いところありがとうございます。
作品はそうですね。みずのき美術館は、障害者支援施設「みずのき」で実施していた絵画教室が発端にあって、そこから生まれた作品の所蔵と展示をおこなっているんです。

池田 神田ポートでも作品の展示をやらせてもらっているんですが、素晴らしい作品がものすごい量あって選ぶのが本当に大変。

奥山 作品の数は約2万点ありますからね(笑) みずのきの絵画教室が始まった1964年当初からのものを収蔵しているのでそれはもう膨大です。

池田 絵画教室はどういった経緯ではじまったんですか?

奥山 当時の入所者を対象にした余暇活動として始まり、そこから才能を見出され、選抜された人向けに専門的な活動へと展開していったんです。アール・ブリュットの草分け的な存在として展開を広げていきましたが、指導をしていた先生が亡くなられたことを機に活動は途絶え、作品だけが残る状態がしばらく続いていたんです。
そこから10年ほど経った頃、もう一度作品やみずのきの歴史をしっかりアーカイブしていくとともに、これからに向けて作品を外に開いていく場所をつくろうと、ここ『みずのき美術館』を2012年に立ち上げました。

障害者支援施設「みずのき」のアトリエ

池田 一度は活動が途絶えながらも、これだけの作品がしっかり残っているのはすごいことです。

奥山 ただ、作品を展示するだけではみずのき美術館とさまざまな人が交流することには十分に繋がらないと思っていて。なので、開館当初からアートプロジェクトやワークショップを企画してきました。それでもアートが好きな人は集まってくれるものの、そこからもう一歩広げることがなかなかできないジレンマがあったんです。作品をつくる人とそうでない人を分けてしまっているような感覚というか…。

池田 アートによって外に開いていけるかもしれないけど、“アート”というカテゴリーに閉じてしまうこともありますからね。

奥山 そうなんです。それに加えて地域で暮らす軽度の障害者やひきこもり当事者の就労の課題にも関心がありました。というのも、自立に向けて思い切って就労研修を受けたものの、途中で心が折れてしまった人の話をよく聞いていて。そもそも社会資源がとても少ないので、そんな人たちも受け入れられる場がほしいなと思っていたんです。挑戦してみてしんどくなったら戻れる場所というか。

池田 そこから思い付いたのが「巡り堂」なんですよね。はじめて話を聞いた時、よくこんな素晴らしいアイデアが思いつくなあと、すごく感動したんです。

奥山 本当に偶然の出来事でした。前々からテレビなどで家財回収や遺品整理が紹介されているのを見るたびに、これはいつか絶対に仕事になりそうだと思っていたんです。「誰かの家を片付けに行く」ということは必ず需要がありますし、心の不調を抱えていたり日々の生活に苦労している人たちも仕事として関われる余地があるんじゃないかと感じて。
そんなことを漠然と考えていたところに、家財回収の業者さんが訪ねてきてくれたんです。よかったら画材をもらえませんか?と。

池田 へ〜! そんなことあるの、すごい。

奥山 最初は廃棄される家財や日用品を使ってアップサイクルしてもらえないかという相談でしたが、そこに含まれていた画材を実際に見せてもらうとそのまま使えそうな状態のものが多くて。これをもう一度使えるようにきれいにすることがひとつの仕事になるんじゃないかと思い付いたら、ずっと考えていたことが全部一気に繋がったんです。

池田 ものすごい出会いだな〜。

奥山 そこからすぐに画材を送ってもらい、まずはスタッフで数ヶ月ひたすら拭く作業をしていきましたが、「先が見えない…」「しんどいです」という想像と真逆の感想だったんです。クリエイティブな作業のはずなのになんでだろう…と思いながら、拭きやすいものからやってみたり、日の当たるところで作業するようにしたり少しずつやり方を変えて、うまく回るようになっていきました。

池田 シンプルな作業だからこそ、やり方や環境で大きく変わりますからね。今日巡り堂の作業場も見せていただいて、収納がすごくきれいでいいなと思っていたんですが、そういう些細なこともうまく場をつくっているなと思います。

奥山 しばらく無料でもらった紙箱を使っていたんですが、使いやすさに慣れるとだんだん所帯じみた作業になっていく気がしていて。やっぱりここは美術館なので、外から見ても気持ちいい見栄えのものにしたいと思ったんです。かなりの時間かけて探してやっと見つけた収納方法なのでそう言ってもらえて嬉しいです(笑)

池田 巡り堂は運がいいというか、なんか神様が宿ってる感じがしますね。

奥山 そういえば、巡り堂をお披露目する日も二重に虹がきれいにかかっていたんですよ。家財回収業者さんが突然訪ねてきてくださったのもそうですし、そういうミラクルが多いかもしれません。

●最初の一歩となるような場として

池田 お話を聞いていて、改めてすごく考えてこの場がつくられているんだなと思います。活動を始めて3年が経ち、メンバーの入れ替わりもあるようですが、最近の悩みはありますか?

奥山 そうですね…。巡り堂はイベントなど展開できる可能性がたくさんあって、スタッフの中ではさまざまなアイデアが膨らんでいます。ただ、普段画材の仕分けや清掃作業をしてくれているメンバーからは、淡々と静かに画材を拭いていたいという声もあるんです。

池田 ここは居心地がいいですもんね。

奥山 私たちとしてはいろんな可能性を広げたいけど、「このままでいたい」という声もちゃんとサポートしたいんですよね。拭く作業が丁寧だったとか、少し会話が増えたとか、はじめて自分一人で行き帰りできたとか、ささやかな変化に喜び合うことも素敵なことですし。そういうメンバーを見守りながら少しずつ外に出ていく機会を考えています。

池田 「見守ること」ってとても必要だなと最近思うんです。人が社会に出ていくための支援をする中で、実は「誰かが見守っている」ということがまずは大事で、誰かと交流することはもっと後に考えてもいいぐらい。

奥山 本当にそう! そうなんですよ。

池田 巡り堂さんは見守りつつも、なんだかんだのときにははるばる神田まで来てくれましたよね。

奥山 メンバー7人連れて行きましたね。はじめて新幹線に乗る子もいましたがとても喜んでいました。お土産買ったりしっかり東京を満喫して。自分がきれいにしたものを直接渡せて嬉しいとも言ってくれましたね。

池田 本当にすごいことですよね。家の外に出るのも大変だったのに、新幹線に乗って東京まできてくれるなんて。変化って、大きくなればなるほど怖いものじゃないですか。

奥山 そうなんですよね。ただ一方で、なんだかんだに参加したメンバーの中には、その後で環境が変わってまた家から出にくくなって巡り堂にすら来れなくなってしまった子もいるんです。巡り堂にだけでもおいでよと家庭訪問した方がいいかもしれないけど、あくまで美術館という立場なのでそこまですることは踏み込み過ぎているとも思っていて。
でも、私たちスタッフとしては外に出ることを諦めたくはないんです。見守りながらも、また一歩外に出れた時に安心して通える場所としてありたいですね。

池田 とにかく活動を続けるということが大事ですよね。すべてに全力を注いでもどこかで体を壊してしまうし、無理のない範囲でやっていくしかないと思うな。

●拭くことの大きな意味

奥山 悩みは尽きませんが、こうやって関心を向けていただける方がいることって嬉しいんです。とても励みになるので。

池田 なんだかんだに参加してもらってるのも、結局は巡り堂のことをたくさんの人に知ってもらいたいからなんです。アイデアが素晴らしくて、活動について知ることで、いろんなことを学び、考えることができますよね。
巡り堂にとって外に出ていくことも重要だけど、こちらが巡り堂と出会うこともとても大事なことなんです。

奥山 嬉しいです。そうですね、お互いにとっていい機会になることが大切ですね。

池田 やっぱり社会全体ですごく孤立が進んでる気がしていて、もっといろんな形で見守る仕組みができないかなと考えてるんです。それで巡り堂の話を聞いて思ったのは、 画材をきれいにする行為って案外快感があるんじゃないかと。写経もそうだけど、集中する時間っていうのは結構気持ちがいいと思うんですよ。ある一定のリズムで何かをするという行為は、もうそれだけで十分ケアになるというか。

奥山 確かに、人それぞれのやり方や工夫もできますしね。巡り堂でも特にノルマはなく、メンバーが得意な作業をやってもらうようにしています。

池田 そういう作業が、成果として巡り堂に貢献できているということもとても重要だと思うんです。自分の手元でやっていたことが、社会につながっていく感覚を得るというか。このままでいいんだと思えることって大事なので。
なんだかんだに参加することも一見大きなチャレンジかもしれないけど、環境は違っても普段やり慣れている作業をしていると、意外と大丈夫なんだと気付ける機会になるのかなと思いました。

奥山 たまにぐっと背中を押してみると、思いがけずジャンプできたりしますしね。

池田 本当に毎回ジャンプしてくれてありがとうございます。まだまだ巡り堂さんのことを知ってもらいたいので、引き続きよろしくお願いしますね。

〜〜〜〜〜〜〜

#3に続く

Text/Edit: Akane Hayashi
Photo: Masanori Ikeda(YUKAI), Yuka Ikenoya(YUKAI)

たくましさを与えてくれる、いい出会いの場を目指して。|こんなだった、なんだかんだ9 #1

2023年3月に第1回を開催し、2024年11月には9回目の開催となった路上実験イベント「なんだかんだ」。1年半の間で、大小さまざまな規模で居心地のよい出会いの場を多くの方とつくってきました。
特に2024年は、路上実験イベントからスピンオフし、レディースデー、福祉、ケア、カルチャー、防災といったひとつのテーマに絞って多数展開。さまざまなテーマを通して、これからの生活に役立つものごとに、出会い、触れ、考える場を積み重ねてきました。

<これまでのなんだかんだ>
なんだかんだ3
ひな祭りの日をレディースデーにして考えたことやってみました
なんだがかんだ4
障がいのある人とない人がごちゃ混ぜになれる場所。「駄菓子屋 横さんち」の話
なんだかんだ5
誰かと一緒に鑑賞するからこそたどり着く何かがある。写真家・白鳥建二さんとの美術鑑賞会
なんだかんだ6
障がいや病気があっても旅を諦めてほしくない。「ume, yamazoe」から広がる旅の未来
なんだかんだ7
歴史が根付く場で生まれる、ドラマチックないい時間
なんだかんだ8
より安全で、より快適な、あたらしい防災を考える

そして、文化の日である11月3日に開催した「なんだかんだ9」では再び路上を舞台とし、畳を敷き詰めてこれまでのテーマが一堂に介す場に。

今回のスローガンは、「なんだかんだと、たくましい」。
あたらしい、やさしい、に続いて掲げられた「たくましい」とは一体どういうことでしょうか? 当日の様子を振り返りつつ、第1回目から一緒に場をつくってくださっている出演者の方にもお話を伺い、「なんだかんだ」が考えるたくましさに迫りたいと思います。

〜〜〜〜〜〜〜

開催にあたって、クリエイティブディレクターの池田晶紀さんは以下のようにコメントを寄せました。

これまで重ねてきた経験を活かしたカタチでさまざまな課題に取り組んでいこうと計画しています。
わたしたちの考える場は、その問いや問題に対して、不確実なことでも、受け入れて居れることを目指しています。
つまり、問題の解決が目的ではなく、まずは大丈夫な場をみんなで作り、「対話し触れること」。この時間を出会いの場と捉えて、楽になれたり、楽しくなったりできたらと思っています。

畳の上には、はじめて触れるものや一見何だかわからない不思議な出来事が盛りだくさん。知らないものに触れることは勇気がいるものですが、なんだかんだではどこか踏み込んでみたくなる安心感や解放感がある場となるようにつくられています。
書道の横で心臓マッサージを体験したり、熱々のピザを食べつつ熱々の鉄を叩いたりと…渾然一体としていた当日。緊張と緩和がほどよく混ざり合った全体の様子を、たっぷりの写真とともに振り返っていきましょう。

●ここだけのなんだか不思議な出会いたち

路上に畳が敷き詰められている。それだけでも普段と違う過ごし方がありますが、さらにそのまわりには普段はなかなか出会えない体験が散りばめられました。畳でくつろいでいるだけだったはずなのに、否応なしにいろいろなことに巻き込まれていくのも、もはやなんだかんだのお馴染みの風景です。

鉄作家・小沢敦志さんによる「鉄をぺちゃんこにするワークショップ」
熱して真っ赤になった鉄を思い切り叩く、叩く、叩く!
熱した鉄の感触や、狙いを定める難しさ。叩くだけでもはじめて知ることがたくさん。
ダンサー・伊藤千枝子さん(a.k.a.珍しいキノコ舞踊団)と声の魔術師・中ムラサトコさんの
即興パフォーマンスは、お客さんとの会話からその場で歌と踊りを捧げていくスタイル。
仕事明けで来た、娘に痛風を心配されているなど、
どんなワードも最高のパフォーマンスにしてしまうので話を聞いてほしい人が続出!
編み物ワークショップ「あおいちゃん、がおがお」
畳に寝転がるあおいちゃんが着るニットに、みんなで編み物を繋いでいきます。
はじめましての人に直接編み物するってスリリングで楽しい。
アウフグースマスター・HIKARIさんの風を受けながら、
インスピレーションの赴くままに作品を描いていく「サウナマットアートコンテスト」。
参加者のみなさんは突然開催されたコンテストに半ば巻き込まれるように描き始めていきますが、
そんな戸惑いがかえって感性を解き放ち、名作が爆誕していきました。

●心強さを与えてくれる出会いたち

賑やかな演目の傍らでは、ちょっと真剣な空気が流れるエリアも。防災をテーマに開催したなんだかんだ8に参加してくださった方々もこの日集まっていただき、災害や備えについて考える場をつくりました。
「いざという時」に役立つ知識は、誰にとっても必要なことだけれどなかなか得る機会がないもの。それだけに、ほんの数分の体験でも大きな心強さを与えてくれました。

男性看護師による救命処置体験『大切な人の命を救えるのはあなたしかいない!』
畳でくつろいでいる時でも何が起きるかわかりません。
現場で活躍する看護師の方から本気のレクチャーを受けると
少したくましくなれた気がしてきます。
災害時に都市で生き残るためのサバイバル術を教えてくれる
「かーびーの防災ワークショップ 都市サバイバル編!身近なモノで生き残れ!!」。
知識はいつでもどこでも持ち運べる大事な備え!
神田ポートでは、個人向け防災グッズセット「THE SOKO 錦町」を販売。
非常食ってこんなに豊富で、こんなに美味しいあらたな発見。
さらにご近所の神田消防署からはポンプ車の展示も。
消防署員の方からポンプ車の装備や消火器の使い方を教えてもらいたい子供たちが大集合。

●大丈夫な場から生まれる出会いたち

クリエイティブディレクターの池田さんのステートメントにもあったように、「問題の解決が目的ではなく、まずは大丈夫な場をみんなで作り、対話し触れること」を目指していた今回のなんだかんだ。
「大丈夫な場」とは、安心できたり、受け入れられたり、居心地を感じたり、靴を脱いで畳に上がることと同じように、どこか心がほぐれるような場とも言えるかもしれません。そんな場を、みなさんの力をお借りしながらつくっていきました。

福祉事業所〈ハーモニー〉の幻聴妄想かるた大会。
ハーモニーのメンバーが実際に体験した幻聴や妄想などを句と絵にしたかるたで、
「トゥルルルルと幻聴で電話 ケンタッキーに行くとおさまります」
「弟を犬にしてしまった」
など、勝敗よりもかるたの内容が気になって仕方がない。
篠崎芽美さんのダンススル会では
今回は朝に集合して練習してから、お客さんの前でダンスの発表へ!
教えてもらった振り付け通りでなくても飛び入り参加でも大丈夫。
身を任せて思いのまま踊ると気持ちいい。
京都を拠点に展開する画材循環プロジェクト「巡り堂」。
家で使われなくなった画材たちが畳にずらりと並び
膨大な画材に囲まれると、創作欲も爆上がり。!
眠っていた画材も息を吹き返したように大いに彩りを放ちます。
ウィスキングマイスター・千葉有莉さんの青空ウィスキング。
無防備すぎる後継だけど、周りの気配を感じるからこそ
リラクゼーションの世界により集中して没入できる。
茶道裏千家の専任講師・石澤宗彰さんの茶道教室「露天風炉3」。
普段はなかなか見ることができない茶道の様子が大公開されていて
道ゆく人たちも興味津々。
旧ホテル跡地では劇団カクシンハンによる
プロアマ混合のシェイクスピア「十二夜」を上演。
演者と観客の境もほぼなく、プロアマが混ざり合った空間は臨場感が一層あり、
あっという間にシェイクスピアの世界へ引き込まれていく!

●一緒に場をつくる心強い仲間たち

かなりの演目をご紹介してきましたが、なんだかんだをともにつくってくださった仲間はまだまだたくさん。入れ替わり立ち替わり、いろいろな方がとっておきのひとときを楽しませてくれました。

オープニングアクトに登場した正則学園ビッグバンド部。
路上に力強い演奏がよく響く!
路上に遊びの空間が広がる「移動式あそび場」
子どもたちがのびのび遊んでいると、周りの大人も嬉しくなる。
税務署の駐車場が会場の一つということもあり、
税金について遊びつつ学べるワークショップも。
楽しく知るって、とっても大事。
会場の所々に設置されている標識は、
東京都市大学都市空間生成研究室企画の妄想標識スタンプラリー。
標識の意味を考えてみると、この場の楽しみ方ももっとわかる。
TOBICHI東京の「おちつけ書道会」
「おちつけ」の文字に、その人の落ち着き具合が見えてくる気がする。
茨城県日立市にある就労支援事業所ひまわりの「なんだかんだコーヒー屋さん」
茨城県さんの立派なさつまいもを大量に持ってきてくれました!
大きい農作物ってなんだか嬉しい。
誰でも楽しめる「ロウリュ投げ大会」はギャラリーを囲んで大盛り上がり。
神田錦町にお店を構える炭をテーマにしたカフェダイニング「廣瀬與兵衛商店」も出店。
炭焼きソーセージの香ばしさは絶品!
神田ポートのご近所にある名店・カレーハウス「ボルツ」の特製ポップコーン。
ポップコーンの箱の心踊るデザインって改めて秀逸!
神田ポート内ではほぼ日が紹介する能登のとっておきワインを販売。
楽しい気分になるといいお酒もほしくなる。
ストリート写真館で、この日を思い出の1ページにパシャリ。
日が暮れたら寝たままできるリストラティブヨガ体験も。
皆さんすっかりこの場に慣れきって、畳で寝ていても誰も気にしない様子がまたいい光景。
最後お馴染みの木遣りで締め!
楽しい時間を一瞬で切り替えてくれる潔さがあります。

〜〜〜〜〜〜〜

なんだかんだは9回を迎え、お客さんも出演者の方も程よく分け隔てなく、のびのびと楽しむ様子が見られました。今回目指していた「問題の解決が目的ではなく、まずは大丈夫だと思える場をみんなでつくる」ことが実際に現れていたように思えます。

それにしても、「大丈夫だと思える場所をつくる」ということはどういうことでしょうか。
次の記事では、そうした場に日々向き合い、なんだかんだがお手本にもしているお二組にお話しを伺いました。

#2に続く

Text/Edit: Akane Hayashi
Photo: Yuka Ikenoya(YUKAI), Mariko Hamano

神田いらっしゃい百景|watage

神田の街を歩くと次々に目に飛び込んでくるお店たち。色とりどりの看板や貼り紙は、街ゆくすべての人に向けて「いらっしゃい」と声をかけているようで、街の人の気風を感じることができるでしょう。

神田いらっしゃい百景は、街に溢れる「いらっしゃい」な風景をご紹介します。

〜〜〜〜〜〜〜〜

watage
〒101-0044 東京都千代田区鍛冶町2丁目8−14
アクセス:
JR・地下鉄神田駅より徒歩1分

フォトグラファー 池ノ谷侑花
オープンカンダ撮影スタッフ。
watageで池田さん(オープンカンダ撮影スタッフで私の上司)の講座に
はじめて参加した子が、とても刺激になったそうで
他の講座にも参加するとのこと!
思わぬ出会いや新しい発見がある素敵な場所です。

神田いらっしゃい百景|大丸やき茶房

神田の街を歩くと次々に目に飛び込んでくるお店たち。色とりどりの看板や貼り紙は、街ゆくすべての人に向けて「いらっしゃい」と声をかけているようで、街の人の気風を感じることができるでしょう。

神田いらっしゃい百景は、街に溢れる「いらっしゃい」な風景をご紹介します。

〜〜〜〜〜〜〜〜

大丸やき茶房
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町2-9-5 さくら通り
アクセス:
地下鉄神保町駅より徒歩1分

フォトグラファー 池ノ谷侑花
オープンカンダ撮影スタッフ。
皇居の周りをお散歩がてら、大丸やき茶房さんで甘味を食べて、
お茶を飲んで、ホッと一息するのがおすすめです。

日本が誇る一杯を求めて。「COFFEE COLLECTION」で体感するコーヒーカルチャーの最前線

コーヒー文化が根付く神田錦町。学生や文化人が多く行き交うこのエリアでは、彼、彼女らが語り合う場として古くから喫茶店が親しまれてきました。
そんな街で、世界トップクラスのコーヒーが集まり、最先端の味を楽しめるフェスティバルが開かれています。その名も「COFFEE COLLECTION」。神田錦町に店舗を構える「GLITCH COFFEE & ROASTERS」が旗振り役となって2015年に立ち上げられ、「シングルオリジン」かつ「世界トップレベル」かつ「スペシャルティコーヒー」のみが集まる場としてコーヒーファンに注目されています。

コーヒー文化が根付くこの街で、最前線の空気に触れることができる「COFFEE COLLECTION」。古きと新しきが渦巻く神田から、どんなコーヒーの未来が見えるのでしょうか。

〜〜〜〜〜〜〜


●神田に吹き込む、あらたなコーヒーの風

世界トップレベルのコーヒーが集まる「COFFEE COLLECTION」。そんな大きなフェスティバルを立ち上げから牽引するのは、GLITCH COFFEE & ROASTERSのオーナー・鈴木清和さん。そして、ともに企画プロデュースを行うのは、CafeSnapの大井彩子さんです。
目まぐるしく変化するコーヒーカルチャーを最前線で捉えながら、9回の開催を重ねてきたCOFFEE COLLECTIONにかける想いついてお話を伺いました。

——COFFEE COLLECTIONは2024年で10回目を迎えられました。大規模なコーヒーフェスを立ち上げ、続けることはそう簡単なことではありませんが、どういった想いから始まったのでしょうか?

鈴木 まず、自分の店であるGLITCH COFFEE & ROASTERSを神田にオープンした2015年当時というのは、シングルオリジン(単一の農園・生産者によって作られた豆)の浅煎りコーヒーの存在がまだ全然知られていなくて、お店で出しても「酸っぱい」とか「薄い」という反応ばかりだったんです。そういうこともあって、シングルオリジンというジャンルがあることと、その味をちゃんと知ってもらうためにはどうしたらいいか考えていました。
当時はコーヒーフェスもほとんど存在していなかったので、他のシングルオリジンコーヒーを提供する店も巻き込んで業界一体でアプローチする場があるといいんじゃないかと思い至ったのがはじまりです。

大井 今でこそコーヒーフェスは全国各地で開催されていますが、COFFEE COLLECTIONはその先駆けだったと思います。私自身もGLITCHさんで初めてシングルオリジンのスペシャルティコーヒー(特定の評価基準をクリアした高品質のコーヒー)に出会いましたし、現在のスペシャルティコーヒーの発展に繋がっているとも言えます。

——第1回目から神田錦町を開催地としていますが、なぜこの地で開催することに至ったのでしょうか?

鈴木 神田錦町に自身の店舗を構えていたこともあり、関わりの深いこの街なら場所を確保しやすかったという点が正直なところです。ただ、神田錦町は昔からの喫茶店が多く、コーヒーとの親和性が高い街という特徴がある。そうした文脈を汲むことで、まちづくりの一環として住友商事さんや安田不動産さんが協賛してくださり、大きな規模で開催できました。

大井 結果的に生まれたものですが、COFFEE COLLECTIONは古くからのコーヒー文化が根付く街で最先端のコーヒーを発信するという組み合わせが面白いと思っていて。第1回目の開催は私はお客さんとして参加しましたが、コーヒー文化がまさに発展していく現場にいる感覚を味わいましたね。

——街の文脈を汲んでいることが長く続くイベントにつながっている気がします。もう少し遡ってお伺いしたいのですが、GLITCH COFFEEさんが神田錦町にお店を構えようと思われた背景には何があったのでしょうか。

鈴木 神田には物件探しではじめて訪れたんです。元々は新宿や渋谷で探していたんですが、たまたま神田にいい物件があると聞いて。あまり先入観のないまま歩いてみると、古い街並みの中に職人肌みたいなものを感じて日本の中心っぽさがある。そんなところに惹かれて、店舗を出すならここだと思ったんです。
店舗を出してから10年近く経ちますが、街の印象は変わらないですね。流行のお店ができてもすぐなくなってしまうのを見ると、この街で何かをやっていくにはそれなりの気持ちがないと続かないんだろうなと思います。

●まだ見ぬコーヒーの可能性

——COFFEE COLLETIONが発展し続けているのも、関わる方々の気持ちの強さが影響していそうです。参加される店舗はさまざまな地域から集まっていらっしゃいますね。

鈴木 エントリーを募って審査方式で出店店舗を決めるシステムなので、全国各地から応募があります。ただ、初期はまだシングルオリジンコーヒーを出す店が少なかったので運営メンバーで出店店舗を選出していました。まずはシングルオリジンで浅煎りのコーヒーの認知を広げようと有名店に声をかけて参加してもらっていました。
そうしたことを毎年続けていくうちに、認知が広がりロースターも客層も増えてきたので、審査基準を設けて大会をやってみようと発展していったんです。

大井 現在は「NATURAL/WASHED/INNOVATION」の3部門があり、世界的に活躍する審査員が各部門をジャッジする形式になっています。COFFEE COLLECTIONのイベントに出店できるのは、各部門の上位2店舗と審査員の店舗のみで、とても厳選されたレベルの高い味を楽しめるフェスになっていると思いますね。これも鈴木さんがいち早く活動されていたからこその座組みで、本当に他では実現し得ないような錚々たる方々が協力してくださっています。
そういった文化の発展も受けながら、「街に開かれた新しいコーヒーフェス」から「プロフェッショナルが集まり、コーヒーカルチャーを高め合うフェス」に変化していきました。

——フェス自体もコーヒーカルチャーの発展に合わせて成長しているんですね。
審査員の方や審査基準はどのように決めているのでしょうか。

鈴木 審査員は、エントリーした人たちが審査してもらいたいと思うような方にお願いしています。有名な大会で好成績を収めていたり世界チャンピオンだったり、それくらいのレベルの人が審査しないと参加する方も面白くないですしね。
審査基準は世界基準のスコアシートがあるのでそれに沿っています。風味、甘さ、酸味、後味、バランスなどの項目があり、世界大会と同じ基準でスコアをつけているんです。

——部門にはどういった違いがありますか。

鈴木 NATURALとWASHEDは古典的な作り方で、INNOVATIONはそれ以外と括りを分けています。製法のカテゴリーは今も広がっているので、部門のあり方も今後変わるかもしれません。

大井 INNOVATION部門はコーヒーの多様性と可能性を引き出すために農園の方が精製処理方法を研究して生み出された豆がエントリーしています。この種のコーヒーは今まで飲んだことのない味わいが楽しめるんです。

各部門の定義(COFFEE COLLECTIONエントリーサイトより引用)

——コーヒーはまだまだ進化の途中にあるんですね。これからのコーヒーの可能性について、現在体感していることや取り組もうとしていることはありますか?

鈴木 現状としては、気候変動の影響でコーヒー豆の収穫数が減ってきているんです。また、コーヒー豆にどのように付加価値をつけるかという流れが起きていて、新たなアプローチのINNOVATION部門が活発になっていると思います。ただ、INNOVATION系の製法はさまざまなトレンドがあって移り変わりも激しいので、今しか飲めない味になるかもしれませんね。

大井 豆の収穫数が減っているだけでなく、コーヒーを消費する人口も増えているので質の良い豆の争奪戦が起きています。そういう状態だからこそ、美味しいコーヒーの価値を深く理解してもらった上で飲んでほしいと思っているんです。さまざまなお店とコーヒーの価値を高めつつ、その価値に触れる機会を広げるという意味でCOFFEE COLLECTIONをやっているとも言えますね。

鈴木 それが一番の目的かもしれないですね。多くの人にとってコーヒーというのは500円前後で飲むもので、日本の喫茶店文化にはそういったコーヒーを中心に親しまれてきた歴史があります。一方で、GLITCH COFFEEでは1,000円から8,000円を超えるコーヒーまであるように、別軸で発展してきたスペシャルティコーヒーの歴史もあるんです。

大井 これまでの喫茶店の歴史の先に、スペシャルティコーヒーがあるということを知ってもらおうと取り組んできたのがこれまでの10年でしたね。そこからその価値をより深く理解してもらうために、優れたスペシャルティコーヒーというのはこういうものです、としっかりお手本を提示して飲んでもらう機会をつくることが大事だと感じています。
私自身、GLITCH COFFEEさんのコーヒーを飲んでその世界から戻れなくなってしまったように(笑)、もっと多くの人に出会ってほしいと思いますね。

——お店としてもフェス発起人としてもさまざまな影響を与えているGLITCH COFFEEさんですが、スペシャルティコーヒーをやっていこうと思われたのはどういったきっかけがあったのでしょうか?

鈴木 元々は「Paul Bassett」という世界チャンピオンが手がけるカフェで10年ほど働いていたんです。そこではブレンドが一番売れていてミルクドリンクを多く出していましたが、豆の味の話になるのはやっぱりシングルオリジンなんですね。ブレンドだとひとつひとつの豆の味がわかりづらいし、ミルクドリンクは味が消えてしまいがちなので。そういった葛藤もあり、素直に自分が美味しいと思うものだけを出そうと思い、シングルオリジンに絞ったお店を考えるようになりました。
それと同時期に、海外発のコーヒーショップが次々と日本に上陸して注目を集めていて。そうした様子を見る中で、日本人として日本のコーヒーにもっと誇りを持って作るべきなんじゃないかという気持ちも強くなっていったんです。

——海外のコーヒー文化も見てきた中で、日本のコーヒーとして誇れるべきものはどういったことがありますか?

鈴木 海外の方にとって、軽食やお酒は出さずに豆だけがずらっと並んだGLITCH COFFEEのようなコーヒー専門店って珍しいんです。
オーストラリアやイタリアはエスプレッソ、アメリカはラテというように海外にもそれぞれのコーヒー文化があって、その中で日本はハンドドリップが文化の特徴としてある。それをもっとフォーカスすべきだと思っていて、しっかり受け継いでいけば日本と言えば寿司や天ぷらといった代表的なイメージに並ぶものになり得ると思っています。
むしろ、そこにもっていかないと日本のコーヒーカルチャーはよくわからないまま、どこかの国のコピーのようなものとして終わりかねないんじゃないかと危惧しています。

——そういった想いが店舗立ち上げからフェスへの展開へと広がっているんですね。改めて、COFFEE COLLECTIONではどういったところに注目するとよいでしょうか。

鈴木 コーヒーの大会はさまざまなものがあり、味以外にもパフォーマンスやプレゼンテーションが審査の対象になるものもありますが、COFFEE COLLECTIONは完全に味だけで審査します。そのため、本当に美味しいものを作る人しか勝てない。とても明確でわかりやすい大会なんです。ロースターの方たちも自分が今持っている焙煎技術を試したり、他の方法を学ぶために参加しているので、お店の方と会話しながら味を楽しんでもらえるといいですね。

世界に目を向けながら、日本特有のコーヒー文化を築いていく。カップ一杯といえど、弛まぬ思考と技術、そして熱い想いが込められるコーヒーが愛されてやまない理由を改めて感じました。

〜〜〜〜〜〜〜

●世界トップクラスの味が大集結。COFFEE COLLECTION現地レポート

ここからは2024年11月2、3日に神田スクエアにて開催された「COFFEE COLLECTION」の様子をレポートします。

会場では事前に行われた審査会で各部門の上位1、2位となった店舗が一堂に会するとともに、審査員の店舗や海外からの招待店舗も出店。まさに世界トップクラスの味にどっぷり浸ることができる贅沢な機会で、会場には多くのコーヒーフリークが集まり、じっくり味わい、深い会話に華を咲かせていました。

出店店舗は全国各地から集まり、普段なかなか足を運べないお店の味を楽しめるのもここならでは。豆や機材などの違いを見比べるのもツウな楽しみ方です。お客さんもお店の方も交流が活発で、立場に関係なく刺激し合うような空気がありました。

もちろん各部門の優勝店舗には長蛇の列が。総エントリー数104のロースターから各カテゴリで一位に選ばれたコーヒーの味に注目が集まりました。

NATURAL部門の優勝は、蔵前と表参道に店舗を構えるコーヒーロースター「Coffee Wrights」
「フレーバーが明確で、シンプルに美味しい」と評価が集まったハイクオリティな味わい
WASHED部門の優勝は、愛知県の「Toy&Co-」
クリアな味わいながら複雑な味のレイヤーを体感できる
INNOVATION部門優勝の「Days Coffee Roaster」は新潟のコーヒースタンド
さまざまなフルーツをチョコでコーティングしたような味わいで
コーヒーの表現の幅広さを実感する一杯

厳正なる審査を経て出店が決まったお店の方たちはこのイベントにどのように挑み、何を感じていたのでしょうか。出店者の方からこんな声が聞こえました。

「大会によっては焙煎機の指定やルールがありますが、COFFEE COLLECTIONは普段のスタイルで挑戦できるので自分の突き詰めているものを評価してもらう機会としてとても意義のある存在です」
「大会に参加することでコーヒーに深く向き合うきっかけに繋がるし、他のお店と交流もできるので刺激になります」
「地方の店舗にとっては多くのお客さんに味わってもらえる貴重な機会。熱心な方が多くこちらも勉強になりました」

ただ味を評価するのではなく、コーヒーに向き合い、高め合う時間として大切する。そんなコーヒーに対する真摯な姿勢がその場に現れているように、コーヒーカルチャーの熱い空気が感じられました。

●舌で味わうだけでなく、脳に染みるディープなセミナーも

他にも豪華なゲスト講師を迎えたコーヒーセミナーも開催されました。
セミナーのテーマは「家で楽しむエスプレッソマシンの厳選ツール」や「ミルクの徹底比較」、「量ることの重要性」など、プロ向けのディープな内容ばかり。どのセミナーも満員で、講師は第一線で活躍する方だからこそリアルな話に参加者の方は熱心にメモを取って前のめり。参加者からの質問も飛び交い、最先端の意見が交わされる場に高い熱量を感じました。

〜〜〜〜〜〜〜

コーヒー文化が根付く街・神田錦町。
「根付く」というと「定着」に近い意味を持ちますが、それは安定することではありません。その場に根付いたものは根を深く張り巡らしながら、芽を高く伸ばしていきます。
神田に根付くコーヒーカルチャーも、COFFEE COLLETIONを通してより深く根を張りながら、新たなコーヒーの可能性を育んでいる。そんな現場を目の当たりにした気がしました。

なによりコーヒー一杯から五感が揺さぶられる衝撃は、COFFEE COLLETIONの空気ならでは。次回はどんな味に出会うことができるのでしょうか。ぜひ体感してみてください。

Text/Edit: Akane Hayashi
Photo: Yuka Ikenoya(YUKAI)

オープンカンダ(以下、「当サイト」といいます。)は、本ウェブサイト上で提供するサービス(以下、「本サービス」といいます。)におけるプライバシー情報の取扱いについて、以下のとおりプライバシーポリシー(以下、「本ポリシー」といいます。)を定めます。

第1条(プライバシー情報)
プライバシー情報のうち「個人情報」とは、個人情報保護法にいう「個人情報」を指すものとし、生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日、住所、電話番号、連絡先その他の記述等により特定の個人を識別できる情報を指します。

第2条(プライバシー情報の収集方法)
当サイトは、お客様がご利用する際に氏名、生年月日、住所、電話番号、メールアドレスなどの個人情報をお尋ねすることがあります。
当サイトは、お客様について、利用したサービス、閲覧したページ、利用日時、利用方法、利用環境(携帯端末を通じてご利用の場合の当該端末の通信状態、利用に際しての各種設定情報なども含みます)、IPアドレス、クッキー情報、位置情報、端末の個体識別情報などの履歴情報および特性情報を、お客様が当サイトのサービスを利用しまたはページを閲覧する際に収集します。

第3条(個人情報を収集・利用する目的)
当サイトが個人情報を収集・利用する目的は以下のとおりです。

お客様に、氏名、住所、連絡先などの各種情報提供
お客様にお知らせや連絡をするためにメールアドレスを利用する場合やユーザーに商品を送付したり必要に応じて連絡したりするため、氏名や住所などの連絡先情報を利用する目的
お客様に本人確認を行うために、氏名、生年月日、住所、電話番号などの情報を利用する目的
お客様に代金を請求するために、利用されたサービスの種類や回数、請求金額、氏名、住所などの支払に関する情報などを利用する目的
お客様が代金の支払を遅滞したり第三者に損害を発生させたりするなど、本サービスの利用規約に違反したお客様ーや、不正・不当な目的でサービスを利用しようとするユーザーの利用をお断りするために、利用態様、氏名や住所など個人を特定するための情報を利用する目的
お客様からのお問い合わせに対応するために、お問い合わせ内容や代金の請求に関する情報など当サイトがお客様に対してサービスを提供するにあたって必要となる情報や、お客様のサービス利用状況、連絡先情報などを利用する目的
上記の利用目的に付随する目的

第4条(個人情報の第三者提供)
当サイトは、次に掲げる場合を除いて、あらかじめお客様の同意を得ることなく、第三者に個人情報を提供することはありません。ただし、個人情報保護法その他の法令で認められる場合を除きます。

法令に基づく場合
人の生命、身体または財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき
公衆衛生の向上または児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき
国の機関もしくは地方公共団体またはその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき
予め次の事項を告知あるいは公表をしている場合

第5条(個人情報の開示)
当サイトは、お客様ご本人から個人情報の開示を求められたときは、ご本人に対し、遅滞なくこれを開示します。ただし、対応にあたっては、不正な開示請求による情報漏洩防止のため、適切な方法にてご本人確認をさせて頂きます。
お客様からの個人情報の開示請求にあたり、お知らせの手数料として別途実費を請求させて頂くことがございます。

第6条(個人情報の訂正および削除)
お客様は、当サイトの保有する自己の個人情報が誤った情報である場合には、当サイトが定める手続きにより、当サイトに対して個人情報の訂正または削除を請求することができます。
当サイトは、ユーザーから前項の請求を受けてその請求に応じる必要があると判断した場合には、遅滞なく、当該個人情報の訂正または削除を行い、これをお客様に通知します。

第7条(個人情報の利用停止等)
当サイトは、お客様本人から、個人情報が、利用目的の範囲を超えて取り扱われているという理由、または不正の手段により取得されたものであるという理由により、その利用の停止または消去(以下、「利用停止等」といいます。)を求められた場合には、遅滞なく必要な調査を行い、その結果に基づき、個人情報の利用停止等を行い、その旨本人に通知します。ただし、個人情報の利用停止等に多額の費用を有する場合その他利用停止等を行うことが困難な場合であって、本人の権利利益を保護するために必要なこれに代わるべき措置をとれる場合は、この代替策を講じます。

第8条(プライバシーポリシーの変更)
本プライバシーポリシーを変更する場合には告知致します。 プライバシーポリシーは定期的にご確認下さいますようお願い申し上げます。
本プライバシーポリシーの変更は告知が掲載された時点で効力を有するものとし、掲載後、本サイトをご利用頂いた場合には、変更へ同意頂いたものとさせて頂きます。

第9条(お問い合わせ窓口)
本サイトにおける個人情報に関するお問い合わせは、下記までお願い致します。
info@kandaport.jp

Open Kanda. All rights reserved.
Title logo: Daijiro Ohara