思いがあるところに建築は生まれる。建築に親しみ、まちに触れる「東京建築祭」 後編
大小、新旧さまざまなものが建ち並び、東京の風景をつくっている建築たち。多くを語らずじっと佇むそれらには、それぞれに刻まれた時間や想いがあります。
そうした建築をめぐり、人の思いやまちの魅力に触れる「東京建築祭」。上野、神田、日本橋、丸の内、銀座、港区…といった東京の各所で、歴史ある名建築から新たに注目を集める建築まで、多様な建築が一斉に門戸をひらき、じっくり楽しむことができる壮大なイベントです。
神田錦町周辺も一つのエリアとして参加し、さまざまな建築が公開されました。東京全体から見ると小さなエリアですが、個性豊かな建築が潜んでいる神田錦町。建築を通して見ると、新たな発見に溢れていました。

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③安井建築設計事務所 東京事務所「美土代クリエイティブ特区」

3つ目の建築は、安井建築設計事務所へ。文化施設だけでなく、オフィスビルも対象になっていることに東京建築祭の幅広さが伺えます。
安井建築設計事務所は1924年に創業し、サントリーホールや東京国立博物館などの文化施設をはじめ、幅広い分野の建築設計を手掛けています。今回公開された東京事務所は、築約60年のオフィスビルを2024年に自らリノベーションしてまちと混ざり合う新しいオフィス空間として誕生しました。
さまざまな建築や空間設計の知が詰まったオフィス空間とはどういったものなのでしょうか?

企業のオフィスとは思えないオープンな空間が覗きます。

1階は「まちとつながりながら、私たちも自らやりたいことを実践する場所」、
2・3階は「自ら働き方を組み立てる場所」として設計されています。

この場所でしたいことが書かれた付箋たち。
社員の思いが反映されていて、風通しの良さが伺えます。

社員やまちの人とのコミュニケーションの場となるように設けられたのだそう。

天井の下地材として使用される建材を装飾として活用。
ドライフラワーを吊るしたりと、
社員の方が思いつきで工夫できる場所になっているそうです。何とも柔軟。

この植物は、設計に活かせる環境づくりを目指す
バイオフィリックデザインチームによる活動の一つ。

ユーモラスな姿が、オフィスに朗らかなやすらぎを添えてくれます。

仕上げを省くことで脱炭素に寄与するとともに、
空調設備や照明の配置がよく見えるので若い社員の学びにもなっているのだそう。

個性あふれる会議エリア。
廊下を路地と見立てて、各部屋で交わされる議論のエネルギーを
感じられるような空間になっていました。



社員の行き来はもちろん、
お客さんやまちの誰もが自由に入れるような空間が目指されていました。
④岡田ビル

続いては、ガラス張りのオフィスビルとは打って変わってコンクリート剥き出しの「岡田ビル」。
1969年築の不適合建築を「減築」によって適法化するとともに、建築やエリアに新たな価値をもたらす空間として生まれ変わり、その社会性とデザイン性の高さが注目を集めています。
変哲のないビルでも工夫一つで、新たな息吹を吹き込み特別になれる。従来のリノベーションとは一線を画す「再生」のあり方が随所に感じられました。

デザインとして昇華させて価値あるものへと生まれ変わらせる。
このことはストックが多い東京においてとても可能性を感じられます」と十時さん。

壁を一部除くことで、カフェのエントランスが開放的になり、
隣地とも緩やかなつながりが生まれています。

さまざまなコントラストが多様な人を受け入れるこの場とマッチしています。



減築することで補強量を抑えるとともに風通しの良い空間に。


かつてのエレベーターは、外階段に付随する形で設置され、
外階段を数段昇る必要があったのだそう。

エレベーター自体、各フロアの顔となる場所に設置されることが
主流となったため、そういった潮流の変化に合わせた
アップデートも行われているそうです。

階段を登りながらさまざまな角度から建物を楽しめる機会に。
上から下までじっくり見ることで、
減築という斬新さを肌で体感することができました。
⑤JINS東京本社

最後に訪れたのは、アイウエアブランド「JINS」の東京本社。2023年に飯田橋から移転したという社屋は、将来的に解体予定のオフィスビルです。入居は期間限定で、大胆に全面リノベーションしたオフィスのコンセプトは、「壊しながら、つくる」と「美術館×オフィス」の二つ。
設計を担当した建築家・髙濱史子さんの案内による建築ツアーに参加し、ユニークな機能満載の各フロアをめぐりました。


コーヒースタンドもあり、一般の人も利用できます。

新しいものをつくり出すことを目指した建築には
随所にユニークな工夫が見られます。
建物の外にあった立派なエントランスは、なんと商談室に…!

まさに「壊しながら、つくる」ように、
元の形をほぐしながら新しいあり方の模索が感じられます。

建築家・青木淳さんの著書『原っぱと遊園地』から引用したネーミングで、
「社員が自由な発想で使う『原っぱ』のような場所であってほしい」
という思いが込められています。

床から「芽」のように引き上げてみると、なんと折りたたみ式の椅子に!

ホワイトキューブのようで実際にアート作品が展示されることも。
美術館の中で仕事しているような感覚を味わえるそう。


部署を横断した交流が生まれやすい、フレキシブルな空間。

各フロアの様子を感じることができてとても風通しが良い。

プリズムシートによって角度や時間によって見え方が変わる様子は幻想的です。

空気を浄化する機能性とアートとしての美しさを兼ね備えています。


リフレッシュはもちろんコミュニケーションの場としても使われているそう。


相談しながらつくられたサウナは本格的。

青い照明で演出されているという芸の細かさ。
スタイリッシュな浴槽は、
実は馬の水飲み用の桶を活用しているそうです。

働く環境としてあらゆる思考が詰まっていることが随所に感じられる建築でした。
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5つの建築を通して神田錦町周辺の人やまちに触れた東京建築祭。歴史的な文化施設から、新たなアイデアに溢れたオフィスビルまで、「建築」と一口に言ってもあらゆる思考がめぐらされ、それぞれ多様な風景を生み出していました。
静かに佇む建築たちも、少し意識を変えて身を置いてみるだけでいろいろなことに気づくきっかけを与えてくれます。そしてそれは、建築が人の手によってつくられ、随所にその人の思いが宿っているからだと体感させられました。
東京建築祭の事務局長の大久保さんがお話しされていた「思いがないところには何も生まれない」ということは翻って、強い思いがあるところには自然と魅力が宿ります。そう思って建築を眺めてみると、単なる構造物ではなく、人の思いの化身のようにも見えてきて、どこか身近に感じられる気がしました。
東京建築祭は来年も5月末の開催を予定されているのだそう。次はどんな建築と、どんな時間を過ごせるのか今から楽しみです。ぜひチェックしてみてください!
https://tokyo.kenchikusai.jp/
Edit/Text: Akane Hayashi
Photo: Yuka Ikenoya(YUKAI), TADA