いらなくなった画材を巡らせながら、誰かの一歩を支え合う。画材循環プロジェクト「巡り堂」|こんなだった、なんだかんだ10
使われなくなった画材を集め、きれいに拭いて、次に使う人へと届ける。
一見すると何気ないリサイクル活動ですが、こうした営みからさまざまな人を支えている場があります。
それが、2022年に京都・亀岡で始まった画材循環プロジェクト「巡り堂」です。社会福祉法人松花苑が運営する「みずのき美術館」、国内で家財整理業を行う「一般社団法人ALL JAPAN TRADING」、アーティストの親谷茂さんの三者によって発足され、これまで活動を続けています。
巡り堂の主な仕組みは、押し入れや倉庫で使われずそのままになっている鉛筆やクレヨン、学校などで使われた絵の具など、いずれ廃棄されてしまう画材をまた新しい人の元へと繋ぎ、巡らせること。一度は役割を終えた画材をさまざまな人の手を介して、次の誰かの「つくること」へと繋げていきます。

この画材循環というアイデアの背景には、廃棄物を減らすことや、創作活動を支えることはもちろん、心の不調や生活に苦労している人が、人や社会と交わるきっかけとなる場をつくりたいという想いも込められています。
画材一つひとつを拭いて届け、利用者一人ひとりに寄り添ってきたこの3年間。画材が巡りゆく日々には、どのような歩みがあったのでしょうか。巡り堂を運営するみずのき美術館の奥山理子さんと奥岡なぎさんを迎え、実際に回収されてきた画材を囲みながらお話を伺いました。
▼巡り堂の立ち上げ経緯は、以下の記事もあわせてご覧ください。
https://opkd.jp/2025/04/30/ndkd9_report02/



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●小さな一歩に寄り添うこと
まず、今回のなんだかんだ10に先立って、神田ポートビルチームが巡り堂をより深く知ろうと、ある企画が実施されました。その名も「亀とヤギ」です。巡り堂の運営スタッフや、画材の清掃作業を行うメンバーの方と一緒にただ歩くというシンプルな試みでしたが、その時間に巡り堂の本質に触れるような体験がありました。

一体どういった時間だったのか、「亀とヤギ」を企画した神田ポートビルのクリエイティブディレクター・池田さんはこう話します。
「亀岡の障害者支援施設みずのきに集合して、隣町の南丹市八木まで、5kmほどの距離を歩きました。神社に寄ったり池を眺めたり、休憩にアイスを食べたり、ヤギが迎えに来てくれたり。途中でいろいろな出来事がありつつも、“みんなでただ歩く”だけの時間を過ごしたんです。
それだけのことでも、“ここを一緒に歩いたね”という思い出ができれば十分で。目的をつくると達成に意識が向きますが、“歩くだけ”にすると、途中で立ち止まったり不安になっても、他に目的や予定がないぶん、気持ちにきちんと向き合える。『あの曲がり角まで歩いてみようか』『車でもいいから一緒に行こうか』と、勇気を少しずつ引き出せるんですね。
そうした小さな一歩は彼らにとってとても大切なものですし、その一歩にそっと寄り添う理子ちゃんとなぎちゃんをはじめとするスタッフが本当に素晴らしく、巡り堂の日々を垣間見た気がして心を打たれました」(池田さん)



「ただ歩く」という提案を最初に聞いたときは、「巡り堂とどう関係があるんだろうと、ポカンとしました(笑)」と振り返る奥山さん。さらに巡り堂のメンバーに声をかけても、新たな試みへの不安から、参加者がなかなか集まらなかったそうです。
「それでも数人が勇気を出して参加してくれて、実際に歩く時間を過ごすうちに、池田さんの言葉が腑に落ちていきました。
何かに取り組むときにはつい意味を求めがちで、『できる・できない』といった軸で測ろうとしてしまいます。でも、巡り堂を続けることは、その判断軸を見直すことでもあると思うんです。今回も全員が最後まで歩けたわけではありませんが、“一緒に歩いた”という時間が共通の思い出として残ったことはとても大切だなと感じました」(奥山さん)


●画材を循環させることの裏側
この「ただ歩く」企画の背景には、池田さんが「巡り堂は画材を循環させるだけのプロジェクトじゃない」と気づいたことがありました。
「画材循環プロジェクト」と掲げている巡り堂ですが、その立ち上げには何があったのでしょうか。
「家財回収業者の方が『画材をもらってくれませんか?』とみずのき美術館を訪ねてきてくれたことがきっかけで、その瞬間“もうやりたくて仕方がない!”と思いました。
というのも、創作現場に画材を届けられる可能性を感じたからなんです。かつて障害者支援施設みずのきで絵画教室を開いていた頃は、画材を揃えることにとても苦労していました。少しだけ描いて納得いかないと捨ててしまうことも多く、すぐに材料が尽きてしまうんです。だから“素材を大切に扱い、最後まで描き切る”ことを教えていたといいます。でも本来は、もっと自由に画材を使い、好きなように描ける環境があっても良いわけで、そんな場が全国のケア施設やコミュニティに広がる光景を思い描き、絶対に届けたいと思いました」(奥山さん)
「それでプロジェクトを始めるにあたって、“メンバーの背中を押すようなとびきりかっこいいビジュアルがほしい”と僕に相談してくれたんですよね。制作当時は、“画材を大切に循環させる活動”が中心だと思っていたんですが、後からそれだけではないと気づいたんです。本当に目指していたのは、巡り堂のメンバーが画材を拭く作業を通して前向きになり、外の世界とつながるきっかけになることなんですよね」(池田さん)
「そうなんです。巡り堂の作業には、心の不調を抱えていたり日々の生活に苦労している人たちが中心に参加しています。家の中にいることが多いので存在が認識されづらいですが、社会との距離を感じていたり、金銭面や心の状態によって思うように社会に参加できなかったり、“引きこもり”という言葉だけで捉えきれないあらゆるケースを抱えた人が地域にたくさんいるんです。そうした人たちが一歩踏み出せる場をつくりたいと考えていた中で、画材をきれいにする作業が彼らの仕事になるんじゃないかと思ったんです。これが巡り堂のもう一つの思いです」(奥山さん)
画材を届けて自由に創作できることと、画材を通して社会への不安をほぐすこと。画材を循環させることには、そこに関わる人たちに二つのよい兆しをもたらしたいという思いが込められています。
「“巡り堂”という名前も、障害者支援施設みずのきの裏にあるお堂を活動拠点にしようという構想があったことから生まれたんですよね。その光景を想像してみるとすごく素敵だなと思って。お堂にみんな集まって、画材を黙々と拭いたり並べたりする作業は禅にも通じて、ものを生まれ変わらせることで自分も整っていく感覚があります。そんな“祈りのような行為”はケアにつながるんじゃないかと気づいて、この画期的なアイデアをもっといろいろな人に広めていくべきだと思ったんです」(池田さん)

●巡り堂の仕組みがもっと広がるために
そうして巡り堂の名刺代わりとして制作されたのが冊子とポスターです。冊子はこれまでの歩みを小説のようにまとめ、ポスターは巡り堂の流れが一目でわかるものを作成しました。しかし、巡り堂の伝え方については少し葛藤があったと言います。
「池田さんはなんだかんだの企画でも、“福祉”という言葉をあまり使わずに伝えていきたいと話していましたが、私も同じ思いがありました。最初からメンバーが丁寧に拭く姿を前面に出すより、まずは“画材を循環させる”という活動を知ってもらう方が、多方面に広がると思ったんです。
でも、これまでの3年にわたるメンバーとの日々は本当にドラマの連続で、悩んだことも嬉しかったことも数えきれないほどあります。特に、メンバーの仕事ぶりは本当に褒めどころばかりなのに、役所の方やご家族にさえ伝わりづらいんですよね。だからこそ、“今日のクレヨンの磨き方がとても素晴らしかったんですよ”と、私たちが伝えることはとても大事だと思っています。
本当に彼らがいなくては成り立たないプロジェクトですし、一つひとつ手を抜かずに拭いてきた日々があるからこそ今の巡り堂があるんだと池田さんからも言っていただいて、これまでの歩みをしっかり伝えようと思うようになりました」(奥山さん)

冊子とポスターの制作にも関わった池田さんは、巡り堂のアイデアにこそ可能性があり、多くの人に参考にしてもらいたいと言います。
「巡り堂の魅力は、使われなくなった画材を“きれいに拭く”というシンプルな構造だと思うんです。お金をかけずに誰でもできる、これ以上の企画はありません。“企画を考える”というより、“タダでできることはないかな”と発想してみると、アイデアが広がる可能性があるなと思って。福祉分野は特に資金面で悩む施設も多いと思いますが、発想のヒントにしてもらえるといいなと思ったんです」(池田さん)
そんな巡り堂のアイデアは京都を飛び出し、東京の福祉施設と連携して取り組みが広がっています。
「活動が広がるのは本当に嬉しいです。安心できる場を必要とする人は全国にいるはずなので、もっと増えるといいなと思います。
このアイデアの可能性をもう一つ付け加えると、“拭く”という行為が意外と大事で、場に居続ける理由になるんです。雑談しましょうと言われると緊張してしまう人も、拭く作業があるだけで自然と間が持てる。単調すぎず、ちょうどいい作業なんですよ」(奥山さん)
「回収される画材は本当に多様で、古くて用途が分からなかったり、持ち主の痕跡が残っているものもあります。私たちも画材に詳しいわけではないので、メンバーと一緒に“これはなんだろうね”“どう使ってたんだろう”と考える時間が多いんです。画材という共通のアイテムがあることで、上下関係なく自然にやりとりできることがいいなと思います」(奥岡さん)
その言葉を受けて池田さんが「これは皆さんにも体験してもらいましょう!」とひらめき、会場では実際に画材を拭く体験が始まりました。参加者は作業をしながらペアやグループをつくり、感じたことや日頃考えていることをぽつりぽつりと語り合います。



●拭くという行為が持つ力
参加者には、福祉支援や創作活動に関わる方も多く、日々の悩みを共有し合う場面も。対話が深まるほど手つきも洗練され、画材がみるみる磨かれていきました。



作業をしながら対話を重ねて気づけば一時間。初対面同士とは思えないほど穏やかな空気を感じつつ、奥山さんはこう振り返りました。
「まさに私たちの普段の作業時間そのもので、皆さんと共有できて嬉しかったです。アートやものづくりって、好きな人以外にとっては少し距離のあるものじゃないですか。実は私もそうで、みずのきの絵画教室も遡ると絵を描いていたのは入所者の一割ほどで、全員が共有できる時間ではなかったんです。つくる主体にならずとも、”つくること”に参加できる可能性はないだろうかと考えてきた中で、巡り堂はまさに最後のピースがはまった感覚でした。拭くという行為には、誰かの創作を支える力があり、初対面でも一緒に時間を過ごせる力があります。私がずっと求めていたのはこうした時間だったんだなと改めて感じました」(奥山さん)
巡り堂は立ち上げから3年が経ち、これからも小さいながらも確かな歩みを重ねていこうとしています。一方で、現状は一部行政の補助金などはあっても、大部分は自己負担で活動が行われており、来年度以降は確証されていません。そこで、少しでも自走できるよう、寄付の仕組みが新たに設けられました。寄付金は運営費やメンバーの作業工賃に充てられます。
https://megurido.com/#osaisen
「巡り堂では、メンバーが月に8〜10回、1日2時間ほど作業を行い、工賃をお渡ししています。少ない額ですが、時給制にしてノルマを感じてしまうよりも、無理ない範囲で働いて自分でお金を得る機会となるようにしています。少額でも私たちにとっては大きな支えなので、もしよかったらご支援いただけたら嬉しいです」(奥岡さん)
立ち上げ当初から巡り堂を見守ってきた池田さんもこう語ります。
「メンバーを応援するのはもちろん、日々寄り添って支える人たちも含めて応援したいんです。募金も、画材の寄付も、この活動を広めることも、巡り堂の応援になります。どんなかたちでも協力してもらえたら嬉しいなと思います」(池田さん)
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創作活動をしたい人、社会に一歩踏み出す勇気がほしい人、それらを応援したい人。
画材循環プロジェクトは、さまざまな人がさまざまなかたちで関わることができる器のような取り組みです。全員が直接顔を合わせることはほとんどないけれど、“画材が巡る時間”を共有する小さな共同社会のようでもあります。画材を介して、誰かを支え、誰かに支えられながら、一つのプロジェクトとして循環していく。たとえ小さな関わり方でも、画材が巡っていく確かな実感が、活動の兆しになっているように感じました。
なんだかんだも、さまざまなものや人が同じ場に混ざり合いながら出会う場です。巡り堂を応援し、その姿に学びながら、なんだかんだなりの歩みを重ねていきたいと思います。

Edit/Text: Akane Hayashi
Photo: Yuka Ikenoya(YUKAI)