きっかけ編 / 人とまちを目覚めさせる。どこにもないサウナがやってきた

この街に神田ポートビルができるまで #1

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2021年春、神田錦町にサウナを備えたかつてない複合施設「神田ポートビル」がオープンします。いま一大ブームとなっているサウナですが、神田ポートビルが目指すものはサウナ施設の延長線上にとどまりません。この施設にかかわる人たちは、サウナと神田錦町の化学反応にどんな可能性を見出しているのでしょうかーー。

この連載では、ちょっとのれんをくぐってはおしゃべりしていくように、神田ポートビルにかかわるさまざまな人が、入れ替わり立ち代わりで登場。神田ポートビルがどんな場所になっていくのか、お話ししてもらいます。
第1回は、ビル全体のコンセプト設計などデザイン監修をする建築家・バカンス代表の藤本信行さん、クリエイティブディレクションを担当する写真家・ゆかい代表の池田晶紀さん、そして神田錦町で長年まちづくりに取り組んできた安田不動産の芝田拓馬さんの3名です。
少し不思議な組み合わせのメンバーはどう集まり、サウナを拠点とした前代未聞のまちづくりはいかにしてはじまったのでしょうか。

バカンス代表
藤本信行(ふじもと・のぶゆき)

長崎県長崎市生まれ。一級建築士。UDSにて、日本橋浜町の再開発事業に携わる。2016年に独立、デザイン会社「VACANCES」を立ち上げ。ライフスタイルブランド・ババグーリとの協働によるホテル「MALDA KYOTO」(2018)や、浅草のデザインホステル「BUNKA HOSTEL」(2015)など、リノベーションプロジェクトを多く手掛ける。今回はビル全体のデザインを監修。https://www.vacancesinc.com/

ゆかい代表
池田晶紀(いけだ・まさのり)

神奈川県横浜市生まれ。写真家・クリエイティブディレクター。写真とデザインの会社「ゆかい」を主宰。アーティストの活動と並行し、一般社団法人フィンランドサウナクラブ会員として、サウナの普及活動に心血を注ぐ。今回はクリエイティブディレクションを担当。また、ビルの1階に「あかるい写真館」を開館するほかオルタナティブスペースも運営する。https://yukaistudio.com/

安田不動産
芝田拓馬(しばた・たくま)

大阪府茨木市生まれ。安田不動産開発第一部第一課所属。同社の本社所在地である神田錦町の開発及びまちづくりプロジェクトを担当。今回はデベロッパーとして物件の取得、企画、工事と一連のプロジェクトマネジメントを行う。http://www.yasuda-re.co.jp/

――神田ポートビルは、2・3階に「ほぼ日の學校」、1階に写真館、そして地下1階にサウナが入る、バラエティに富んだスペースです。中でもサウナが施設のポイントとなるそうですが、そもそもなぜサウナだったのでしょうか?

池田晶紀さん(以下、池田さん) いやそれが僕たち、偶然サウナで出会って意気投合したメンバーなんですよ〜。

藤本信行さん(以下、藤本さん) と、いうわけではないんですが(笑)。安田不動産が神田錦町で考えていたまちづくり計画について、芝田さんから相談を受けて「サウナをキーコンテンツにしたまちづくり」をご提案したのがスタートですね。

芝田拓馬さん(以下、芝田さん) はい、2018年の6月でした。安田不動産はここ錦町が本社で、周辺にいくつかのビルを所有しています。デベロッパーとしてこれから錦町エリアの一体的なまちづくりに取り組んでいきたいと考えていて、そこでコンセプト設計から藤本さんにご相談させていただきました。

リノベーション前の神田ポートビル。(2019年7月5日撮影)

――「サウナでまちづくり」と聞いて、驚きませんでしたか?

芝田さん びっくりしました。当時はいまほどサウナがブームでなかったので、冗談かな? と思いましたよ(笑)。

藤本さん でも、最初の提案はけっこうサウナ控えめでしたよね……?

芝田さん いえ、ぜんぜん控えめじゃないです(笑)。神田錦町にサウナをつくろう! という話と一緒に、ジャングルみたいに木がたくさん生えていて、木の上では猿が枝にぶら下がっている、みたいな温浴リゾートのスケッチを持ってきてくれましたよ。

藤本さん そうでしたっけ(笑)。なぜ思い切ってサウナを提案してみようと思ったかというと、いくつか理由があるんです。

池田さん え、藤本さんがサウナ大好きだからなんじゃないんですか?

藤本さん もちろんそれは前提です!(笑) 芝田さんから相談をもらったときに、神田錦町を活性化させたいということともに、まちづくりのキーワードとして「アカデミックジャングル」という言葉が挙げられていたんです。

藤本さんが提案したサウナのスケッチ

●都市で自然を体感できるのが、サウナ

芝田さん 補足すると、神田錦町というエリアは東京大学や学習院大学などの発祥の地であり周辺に多くの大学が明治時代からあった、「アカデミック」な場所なんです。だからお隣である神保町は本の街になったということにもつながっています。

――なるほど。そういう歴史があるんですか。

芝田さん そうした土地にある文脈を汲んだまちづくりをしたい、と考えていて、アカデミックなひとたちが集ってジャングルの生態系のように共存する中から、新しいことが生まれてくるような場所にできないか、ということでこのキーワードが出てきました。

藤本さん そういう話を聞いて、都会の中にあるジャングルってどういうことだろう、どうすれば人に自然を感じさせられるんだろう、と考え始めたんですね。

――ウェルネスやウェルビーイングにも近いような……?

藤本さん そうです。でもスポーツジムをつくったりするのではありきたりだし、それ以外で人が手っ取り早く元気を取り戻せるような仕掛けって何かないだろうか、と探していたところ……

池田さん サウナじゃないか! と。

藤本さん そうなんです! ぼくはサウナには、都市のなかにいながらも身体を通してダイレクトに自然とつながるような気持ちよさがあると思っていて。サウナって単に熱い部屋で汗をかくというだけでなくて、自分の身体と向き合って野性的な感覚を取り戻させてくれるような働きがあると思うんです。

池田さん サウナはもともと冬が長いフィンランドで、薄暗い曇り空に太陽を求めた人の知恵として、2000年前に農民によってつくられたのがはじまりだといわれています。いわばサウナは人工的に自然ができる装置なんです。

藤本さん うんうん。それでサウナが自分の中で「ジャングル」というキーワードとつながって。基本的にはそれほど大きなスペースが必要ないですし、つくるのにもお風呂ほどお金がかからないという建築的な利点もあるので、まちにぽこぽこつくりやすいぞ、と思いついたんです。
また、神田という場所は調べていくと「改良風呂」発祥の地でもあったんですよね。

現場に何度も足を運び、サウナの構想を練っていく藤本さん(左)

――「改良風呂」、ですか?

藤本さん 改良風呂というのは、明治時代になって登場した新しい銭湯のことです。江戸時代までの銭湯は、薄暗くて男女混浴で入るような、あまり清潔な場所ではなかったんです。それが明治に入って、浴室と脱衣場が一緒になった開放的な銭湯が登場すると、それまでの銭湯に対して「改良風呂」と呼ばれて、たちまち評判になったそうなんです。

――現在の銭湯の原型とも言えそうです。それが最初にできたのが神田だった?

藤本さん そうです。そういう神田と公共浴場の歴史みたいなものも織り交ぜながら、「サウナでまちづくり」を説得するための材料を、これでもかと出しました。
でも最初はまったく芝田さんに響いてなかった(笑)。ぜんぜんピンときてなかったですよね?

芝田さん ピンときて、なかったですね(笑)。「ととのう」というサウナの効能とか、いろいろな話を藤本さんから聞かされるうちに、これは体験したほうが早いな! と思って、会社のみんなで横浜のスカイスパに行ってみたんです。

――おお。どうでしたか?

芝田さん 最初は水風呂の気持ちよさもぜんぜんわからなかったんですが、何度か試しているうちに、「あ、気持ちいい……」という状態になって。

池田さん ここまでくれば、もう心はひとつです。

芝田さん 藤本さんがあんなにサウナをすすめる意味が、そこでようやくわかりました。話に聞いていた感覚はこれだったのか! という、理解できたことによる脳的な気持ちよさと、サウナの身体的なととのいが合わさって、それはもうばっちりハマってしまって。

藤本さん そこからは一気に話が進んでいきましたね。池田さんたちの活動がきっかけとなって、ちょうど世の中的にもサウナが盛り上がりはじめてきた頃でした。

サウナができるフロア。地下でありながら、天井が高く広々としている。

●サウナはコミュニティをつくる中心になる

芝田さん でもデベロッパーとしては、なぜテナントにサウナかというところについて、もうひと押し理由がほしい。キャッチーさはすごくあるのですが、その一点突破では難しいと思っていました。そこで自分でもいろいろ調べたんですが……。

――もう完全にサウナをつくる気まんまんですね。

芝田さん はい(笑)。そうすると、フィンランドではサウナがまちのコミュニティ形成に重要な役割を果たしていることがわかったんですよ。
日本の銭湯と同じように、フィンランドのサウナももともと公共のものでした。それが時代とともに各家庭に備わることで減ってしまい、結果まちのコミュニティが衰退してしまったそうなんです。

――そうなんですか。つまりまちにサウナがあれば、みんなが集う場になるはずだ! ということですね。

池田さん そう! 銭湯がかつてそうだったように、サウナはまちのコミュニティを生む、ハブになるんですよ。ぼくも移動式サウナの作品をつくったときにそう感じました。

――移動式のサウナですか?

池田さん ぼくが最初にサウナラボ(※)の米田行孝さんとつくった移動式サウナ『サウナトースター』というのがあるんですけど、移動した先々でサウナが人の集まる理由を生み出してくれたんですよね。いまは宮城県の気仙沼にあるんですが、サウナがそこにあるおかげで新たな人と出会えたり、その土地の美味しいものが見つかったりする。

※サウナラボは、神田ポートビルでサウナをオープンする愛知県名古屋の会社・ウェルビーが展開するサウナブランド

気仙沼へと移動する『サウナトースター』。

池田さん ちょっとだけ自己紹介をしますね。僕の本業は写真家ですが、サウナを広める活動にも取り組んでいて、「フィンランドサウナクラブ」というサウナ愛好家による一般社団法人を立ち上げています。本拠地が長野県小海町にあって、「フィンランドヴィレッチ」という別荘のような宿泊施設にたくさんサウナをつくったり、年に一度そこへお客さんをよんで「日本サウナ祭り」を主催したりしているんです。
そのプロジェクトメンバーでもあるサウナのプロ、米田さんと組んだアート作品、人力移動式サウナ『CAMERA」がこちらです。最初の発表は青山スパイラルで開催した僕の個展「SUN」です。ちなみに展覧会のポスターや展示構成は、神田ポートビルのロゴ担当の菊地敦己さん。

©︎Masanori Ikeda×SaunaLab

これを今度は、パブリックな場所に移動させてサウナを実用してみよう! と試みたんです。

©︎Masanori Ikeda×SaunaLab

池田さん たぶん、日本ではじめて人力の移動式サウナをまちで展開したのが神田錦町なんだと思います。

藤本さん え、そうなんですか?

池田さん はい、2017年の「TRANS ARTS TOKYO」という地域にコミットしながら展開するアートプロジェクトがちょうどいいタイミングだったので、神田に持ってきたんです。

神田のまちに突如現れた移動式サウナ。©︎Masanori Ikeda×Sauna Lab(2017年10月28日撮影)

池田さん これ、神田の路上でやったんですよ。それにしてもよそ者が急にこんなよく分からないものを持って来て、よくまちが受け入れてくれたなと思います。みんな海パン持って来たんです。

――神田錦町の懐の深さがうかがえますね。

藤本さん ぼくも後々知ったんですが、池田さんはそれ以前からも神田と浅からぬ縁があったんですよね。

●みんな神田錦町に不思議に呼ばれてやってきた

池田さん はい。3331 Arts Chiyodaと一緒にやってきた「いなせな東京」というプロジェクトの一環で、“神田っ子”と呼ばれるひとたちのポートレートを、2012年から6年にわたって撮っていました。それで毎年神田のまちで展示をやって写真集をつくる、というのを続けていました。

池田さんが神田っ子を撮り下ろした『いなせな東京』写真集。

――なんと!

池田さん 展示では、撮影したポートレートを等身大に近い大きさで会場に貼り出したのですが、そうすると展示空間がだんだん神田のまちに見えてきたんですよね。それをまちのひとたちが、知り合いや自分の写真があるからといって、みんな見に来てくれて。そういうアートで地域をつなげていくような活動をしていました。

©︎Masanori Ikeda「いなせな東京」2018

藤本さん しかも、その中に今回神田ポートビルとしてリノベーションした建物の所有者だった、精興社の社長さんの写真もありましたよね。

池田さん そうそう。しかも精興社さんは、2005年から1階の倉庫を「KANDADA(カンダダ)」という展示スペースとして開放されていたんです。神田ポートビルになる前から、そういう開かれた場所だったんですよ! そういう前世の種まきみたいなことがあって、今回の神田ポートビルにつながっているんですよね。

――それはすごい。もうご縁としかいいようがないです。

藤本さん そういうご縁が重なって、池田さんも神田錦町のまちづくりに参加してもらえることになりました。

池田さん ぼくらの会社「ゆかい」では、神田ポートビルのビル全体のクリエイティブディレクションを担当しています。どこかにすでにあるものの焼き直しではなくて、オルタナティブな場所にしたいという思いが強くありました。事務所も一緒に移転することになったんですが、自分たちも入居するならそれは外せない軸だなと。
その意味でクリエイティブなサウナづくりができるのは、日本一のサウナ屋さんであるサウナラボの米田さんしかいないと思っていたので、半ば強引に誘いました。(笑)

藤本さん サウナラボさんはこれまで名古屋が拠点で、2020年には福岡にもお店をオープンされましたが、東京に進出することには慎重になられていた印象でした。神田には他にもサウナ屋さんがあるし、そういうところも懸念点だったのだと思います。

でも最終的には、このまちには「サウナが必要だ!」と米田さんも使命感を感じてくださったみたいで。

――使命感! なぜそう思われたんでしょうか?

藤本さん 実際に米田さんを神田錦町にご案内して、いろいろ一緒に歩き回ったんですよね。

芝田さん 「隣は神保町で出版社が多くある街で、皇居も近いですよ」とかそんな話をしていたら、米田さんが「みんな行き詰まってますね。どうしてこのまちにはサウナがないんですか?」とおっしゃって。(笑)

――飛躍しますね(笑)。

藤本さん 詳しくはご本人が話されると思いますが、(#2に続きます)ご案内したときに「自分が助けなきゃ!」と思ってくださったことがこちらに伝わってきて。そのあたりからは米田さんも、きっと錦町に来てくれるんだろうなと思っていました。

池田さん 今回サウナは地下につくっていますが、その地下空間自体にもわくわくしてましたね。

芝田さん 地下というのは一般的には使いづらいと思われがちなんですが、精興社さんのビルはもともと倉庫として使われていたので天井が高くてなかなか魅力的な空間なんですよ。

2019年7月5日。ビルを視察する米田さん(右)と藤本さん(左)

藤本さん それを今回、一階の床を一部抜いて縦に広い吹き抜けにリノベーションしました。ちょっと地下に降りていってみたくなるような仕掛けをつくっています。

池田さん 米田さんを口説いていた頃、ちょうど一緒にフィンランドビレッジに「ピットサウナ」という半地下のスモークサウナをつくったばっかりだったんですよね。半分地中に埋まっているような見た目で、サウナ小屋の上に土を盛り上げてつくるサウナなんですけど。

――そんなサウナちょっと見たことないです。

池田さん スモークサウナは最古のサウナのかたちで、日本ではここが初めてです。土とか大地というのはそれ自体が生命を象徴するようなものですよね。死んだ生き物は地中でバクテリアに分解されて再生していく。そういうイメージがぼくらの中にあって、そこから今回のサウナでも「根っこ」がいいんじゃないかという話を米田さんが提案してくれました。

――大地に根を張るように、サウナがこの施設を支える存在だ、というのはティザーサイトにも書かれていましたね。

池田さん 個人的には米田さんがサウナをつくって、同じビルにぼくが入居するっていうのは、長年考えてきたことだったんですよね。神田ポートビルの話がでるずっと前から、「タオル出す係とかやるから、このビル買ってサウナつくって」って、口癖みたいに言ってました。ほんと言っとくもんだなあ〜(笑)。

藤本さん それで最後には、ほぼ日の糸井重里さんまで来てくれることになっちゃいましたからね。

池田さん そうそう。

――ほぼ日さんは2・3階で学校を開校されますね。どういう経緯だったんですか?

池田さん ぼくがいろんなひとにいまサウナをつくってるという話をしていたら、糸井さんから「なんかいけちゃん、その話面白そうだ」って食いついてくれて。「そうでしょう? 神田錦町にサウナをつくるんですよ。そのプロジェクトってまちをつくるようなことなんですよ」って話をしていたら、2週間後くらいに電話がかかってきて、

              糸井さん「いけちゃんどこに引っ越すっていってたっけ?」

              池田さん「神田錦町です。」

              糸井さん「時間ある?」

              池田さん「あります。」

              糸井さん「ちょっと見に行きたいんだけど。」

              池田さん「わかりました。お迎えにあがります。」

って言って、その日曜日に実際に見に来てくれたんです。そのときの写真もあります。

(2019年8月11日撮影)

藤本さん 池田さんから写真と一緒に、「みなさん期待しないでください。糸井さんは別にここに引っ越すとは言っていません。なんとなく神田に興味があるようです。それだけなので入居するわけでは絶対にありませんので!!」というメッセージが送られてきて。(笑)

池田さん そしたらその次の日か次の次の日くらにはもう決断していて、糸井さんから「ここに学校をつくったらいいんじゃないかな」って言われました。

――ほぼ日さんが錦町に来るかもしれない!

藤本さん このまちづくりを通じてどんな人に錦町に来てもらいたいか、という話をしていたときに、ペルソナとして糸井さんの名前も挙がっていたんですよ。

芝田さん そのときは半ば冗談みたいに話していたのですが、本当に来てくれたらスゴイことになるぞとワクワクしている自分もいて、それが現実になった瞬間でした。

池田さん 糸井さんはもともと神田っていうまちが大好きだったんですよね。おいしいものがたくさんあるから。

藤本さん 神田のまちにも惹かれていたし、「サウナがあるから入るんだよ」ともおっしゃっていましたよね。

池田さん 糸井さんには何度も気仙沼で『サウナトースター』を体験してもらってますからね。サウナがキャンプとかアウトドアという自然の要素とつながることを知ってくれていたので、それがまちにできることも楽しいと思ってくれたポイントだったと思います。

『サウナトースター』に入り、気仙沼の海に飛び込む糸井さん(右)と池田さん(左) 撮影:ただ

藤本さん 芝田さん的には、ほぼ日さんが入って大人のための学校を開くという展開はすごくありがたかったですよね?

芝田さん それはもう。テナントを募集するのに、アカデミックな文脈に合うような企業が入居してくれたらいいな、ということをぼんやり考えていましたが、いまひとつ強い打ち出しができないでいて。

藤本さん 米田さんはそれこそサウナの求道者みたいな方なので、ある意味アカデミックではあるんですが、芝田さんとしては、どうすれば一般により伝わりやすいストーリーとしてアカデミックをつなげられるかということに頭を悩まされていました。そしたら「ほぼ日の學校」というアカデミックのほうが向こうから入ってきちゃった(笑)。

芝田さん そうなんです。アカデミックとどうつなげるか、というかもう学校そのものがくる、さらにそれがほぼ日さんのやっている、大人のための学校という他にはないコンテンツだぞ、というので非常に興奮しましたね。

――最後のピースがカチッとはまったような感じですね。

池田さん 全部藤本さんの掌で転がされてます。

藤本さん いえ、サウナの神の掌です。

池田さん 神田ポートビルのおもしろいところは、携わるひとみんなサウナが好きだってことなんですよね。その前提こそが今回のクリエイションをおもしろくすると思っています。

いよいよメンバーが出揃い、一緒にビルを視察したときの集合写真(2019年12月10日撮影)

****次回#2は、神田ポートビルが実際どのような機能を備えるのか、サウナラボ / ウェルビー代表の米田行孝さん、ほぼ日の學校長の河野通和さん、内装などのデザインを担当する建築家の須藤剛さん、ゆかいの小林知典さんの4名でお話しいただきます。お楽しみに。

Text: Hazuki Nakamori
Photo: Masanori IKEDA, TADA, Yuka IKENOYA(YUKAI)